習近平氏が恐れる「党と人民は別」論

長谷川 良

中国の習近平国家主席は3日、抗日戦争勝利75周年記念の座談会で演説し、その中で中国を批判するトランプ米政権に反論を展開させた。

具体的には、同主席は、①共産党の歴史を歪曲、②中国の社会主義の道を改変、③党と人民を離間、④自分たちの考えを押し付け中国の前進する方向を改変、⑤中国が発展する権利を破壊している、等批判した(時事通信9月4日)。習近平国家主席は5点を並列に挙げているが、同主席が最も警戒している点は「党と人民を引き離そうとしている」と指摘した③だ。

習近平国家主席、欧州連合首脳とビデオ会談(2020年6月23日、新華社サイトから)

以下、少し説明したい。

①の共産党歴史の歪曲問題はその時々の指導者によって常に行われてきたことで、新しい内容でない。共産党の歴史は歪曲の歴史だからだ。②、④、⑤は中国共産党にとって、米国から指摘されたとしても痛くもかゆくもない問題だ。

しかし、③はそうではない。中国共産党の正体を暴露しているから、警戒せざるを得ないのだ。すなわち、「中国共産党と中国人民は一体ではなく、共産党のエリート支配層が人民を支配している」ということが明らかになる危険性があるのだ。だから、「党と人民は一体」と繰り返し、それを否定しようとする者がいたら猛反撃しなければならないわけだ。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長も「朝鮮労働党は人民とは一体だ」と主張する。現実が厳しくなればなるほど、その台詞を繰り返す回数が増える。北朝鮮は国際社会の制裁を受け、新型コロナ感染、台風などの自然災害に襲われ、3代世襲の金王朝が揺れ出してきたため、金正恩氏はここにきて「人民第一主義」というキャッチフレーズを叫びだしている。これは偶然ではなく、現実が厳しいからだ。最悪の場合、金王朝の崩壊をももたらすからだ(「金正恩氏の『人民第一主義』とは」2020年7月24日参考)。

だから、金正恩氏も習近平氏と同じように、「人民」と朝鮮労働党は一体だと嘘を言わなければならないのだ。そうでなければ、「一党独裁国家」の現実が白日のもとに暴露され、支配体制の正統性を一瞬のうちに失ってしまうからだ。

奇妙なことだが、習近平氏も金正恩氏も自国が共産党一党支配の独裁国家であり、世襲独裁国家である事実を隠そうとすることだ。「誰から」その事実を隠したいのか。自国が独裁国であることを認めれば、気が楽になるのではないか。

中国政府サイトより

独裁者にも見栄があるからか。それとも国際社会からの批判に耐えられないからか。答えはシンプルだ。人民が事実に気がつけば、一党独裁支配体制が揺れ動くからだ。だから、習近平主席は反中批判に対し「中国人民は応じない」と対決姿勢を鮮明にしたという。

注目すべき点は、同主席は「中国共産党は応じない」とは言っていないことだ。習近平氏は党と人民を恣意的に同一視しているのだ。それがうまくいけば、危機を前に中国共産党政権が崩壊する危険性はないのだ。「党と人民」は運命共同体だという論理だ。

当方はこのコラム欄で「軍事衝突なく中国共産党政権を崩壊に導くシナリオは北京が最も聞きたくない内容を繰返し追及することだ」と述べた。具体的には、中国共産党政権の出自、「一党独裁国家」、「人権蹂躙国」、そして数多くの国民を粛正してきた歴史を有する国家であることを指摘し、その「共産党政権」と「中国国民」は全く別だという点を明確に主張していくことだ(「『中国共産党』と『中国』とは全く別だ」2018年9月9日参考)。

中国共産党政権は自身の弱点を知っているから、米国から人権問題で批判を受ければ、中国国民への批判のように吹聴し、国民に反米を煽る。中国共産党への追求はイコール中国国民への批判のように振舞うわけだ。中国共産党政権の常套手段だ。同じことが北朝鮮にもいえる。

中国共産党政権と金正恩政権が「人民」という使い古された言葉を頻繁に使いだした時、それは政権が危機にあると受け取って間違いないだろう。それも単なる経済危機というより、政権崩壊の危機を意味する。だから、独裁者は普段忘れていた「人民」という言葉を引き出しから取り出し、「人民」に媚びを売るわけだ。中国共産党政権も3代世襲国家の金王朝も独裁国家だ。そこには本来、何等の正統性はないのだ(「創設『百年』迎える中国共産党の弱点」2020年7月18日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。