コロナ狂騒曲は「いつ終わるのか」ではなく「いつ終わらせるか」の問題

2021年01月03日 06:00

Prostock-Studio/iStock

コロナ禍のまま新年を迎えるとは思わなかった、これが元旦の感想。というのも筆者は昨年1月24日、春節で来日した台湾人家族3人を鎌倉の銭洗い弁天に案内していた。その家族は、修学旅行の生徒らに交じって一万円札数枚を籠に入れて洗い、キャーキャーはしゃいでいた。

筆者が武漢肺炎:習主席とテドロスWHO事務局長の責任を問うと題して本欄に新型コロナ記事を初投稿したのは昨年の1月30日。だが、24日の時点で、春節で中国から大挙来日する観光客を止めないとまずいなあ、と思った記憶があるので、武漢での新型コロナ発生は知っていたのだろう。

ダイアモンドプリンセス号から香港で下船した高齢男性が新型コロナに感染していたと知れたのは2月1日だった。3日から横浜港に繋留された同船のその後はまだ記憶に鮮やかで、あれよあれよという間に3,700名余りの乗客乗員から700余名の感染者が出、10数名が亡くなった。

同船とは別の国内初の感染者が、中国から帰国した中国人だったことが判ったのはかなり後のことだった。あれからほぼ1年経った最近の詳しい数字を筆者は抑えていないが、感染者や死者の外国人の内訳は今以って判然としていない。なぜ政府や自治体が公表しないのか理解に苦しむところだ。

それでいて中韓からの入国者は未だ年数万余。入国時の検疫も大甘で、抗体検査後、公共交通機関を使わずに目的地に行き、2週間は出歩かないようにとの指示があるだけという。11月に来日した在米の知人は、宿泊先まで友人の車を使ったものの翌日からは全国を遊山三昧、ひと月後に無事帰国した。

筆者は日本の検疫体制や在米の知人を難じているのではない。4月6日の投稿台湾旅行で在宅検疫破りの韓国籍夫婦、帰国寸前の空港で御用のような厳しい防疫は、SARSを経験し、WHOにもイジメられ、共産中国からいつ侵攻されるかも知れない台湾だからこそで、余りに民主的な日本には馴染むまい。

実は筆者は、この流行病をそうは恐れていない。なぜなら在米知人も無事だったし、何より筆者の友人知人親類縁者とその周辺に感染者が出たという話を未だに聞いたことがないからだ。数字は事実なのだろう。が、不謹慎だがテレビのニュースやワイドショーの中だけの白昼夢との気がしないでもないのだ。

だからという訳ではないが、外出時も、電車やバスではマスクをするが、往来を歩く時は外す。店に入ればマスクをし、手洗いうがいをし、アルコールで手指を消毒する。が、食事は、座席の間が空けてあるのでマスクしない。詰まるところ、マスク・消毒・間隔の外は、コロナ禍突入前と変わらない。

それでもうつる人はうつるのだろう。毎日毎日、何百人もの感染者が出たとテレビがいう。が、その方たちに症状が出ているのか、あるいは出ていないのか、その内訳は報じられないから判らない。症状が出た人の数は、おそらく保健所なり掛かり付け医なりの指示を仰いだ方の数だろう。

では症状のない感染者の数はどうやって判った? きっと症状が出てPCR検査で陽性になった方の濃厚接触者を片っ端からPCR検査をした結果、陽性反応が出た人数を指すのだろうと想像する。症状もないのに自腹を切ってPCR検査をする方は、いるかも知れぬが大勢でなかろうから。

だが一説に依れば、日本のPCR検査はウイルス増殖のさせ方が極めて入念に過ぎ、外国の検査法なら陰性となるウイルス数でも、陽性と出るといわれる。つまり、ウイルスの数が少なければ、発症もしないし、他人を感染させることもないのに、陽性感染者となるという訳だが、真偽のほどは知らない。

が、科学誌Natureには、「無症状の1,174症例との密接な接触を特定して追跡し結果、COVID-19の検査で陽性となった接触はないと判った。科学者らは、症状のある症例と比較して、無症状の感染者は一般にウイルス量が少なく、ウイルス排出の期間が短いため、感染リスクが低い」との記事が載った。

これらの情報は、去年の夏過ぎまで巷間信じられていたことと大分違うように思う。Nature記事の通りなら、保健所が濃厚接触者を手間暇かけて探し出し、入念過ぎる検査で感染者にしなくても良いのでは、と思うのは間違いか。目下の分類なら、無症状やごく軽症でも陽性となれば隔離や入院が必要だ。

入院となれば指定病院しか受け入れないから、全国レベルでは世界屈指の人口当たりベッド数を誇っていようが、病床が逼迫して医療崩壊になるだろう。病床数問題だけでなく、患者周りや病室やトイレの清掃消毒まで、完全武装の看護師の(余計な)仕事になるから、その方たちの疲弊も半端でなくなる。

こうしてみると、事はどうしても指定感染症の分類問題に行き着かざるを得ない。前述の問題は新型コロナを2類以上相当の感染症に分類しているからこそ、といわれる。筆者もそう思う。5類ある指定感染症の内、日本脳炎やデング熱が4類、極めて高い致死率のコレラや腸チフスですら3類だ。

8月の辞任会見で安倍総理が指摘したにも関らず、厚労省は先月、本年1月末が期限の指定感染症の指定を1年間延長した。法律が最長2年までであるためとのことだ。呆れて開いた口が塞がらない。事なかれ主義からある種の陰謀論まで、国が指定分類を変えないことのネット上の噂話には事欠かない。

そこへ英国での変異種の話が来た。が、新型コロナにはすでに数多の変異種がある。また、折しも第3波とされる山が来ているが、昔から低温低湿度の冬にこの種の病が流行ることなど誰でも知っている。こんな当たり前のことにもオールドメディアは余り触れない。

ではどうするかといえば、5類相当に変えたら、症状が出た時の手順や扱いがどう変わり、保健所の仕事がどう変化し、受け入れ病院や病床の余裕がどれくらい増え、医師や看護師の負担がどれほど軽減するか、等々を世間に知らしめることだ。これは政権批判だから、メディアも野党も乗って来よう。

新型コロナを季節性の肺炎に位置付けるべき、とする識者も少なくない。が、テレビや新聞漬けで頑迷固陋な層は、決してそう思うまい。だが、万一感染しても、簡便に治療が受けられ、容易く入院が出来るなら、恐怖感は相当に減るのではなかろうか。ワクチンも直に普及するだろう。

新型コロナ狂騒曲は、「いつ終わるのか」ではなく「いつ終わらせるか」の問題だ。すなわち、2種以上相当を止め、季節性肺炎の一種と見做すフェーズにそろそろ入っていくべきだ。

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