コーディネーションの科学 - 池田信夫

池田 信夫

安冨さんのおっしゃる通り、経済学がモデルにすべきなのは熱力学や生物学でしょう。そういう話も昔からあり、私の学生時代に流行したのはLeijonhufvudでした。これはケインズの均衡理論的な解釈を否定して、大反響を呼びました。


彼はケインズの理論をワルラスの理論から「競り人」を除いたものと解釈しました。そうすると価格がコーディネートできないため、人々は初期に与えられた価格で取引し、市場がクリアされないで在庫と失業が発生します。失業によって所得が減るので有効需要も減り、不完全雇用均衡が成立する――という理論はmicrofoundationの先駆としては成功を収めました。

これを出発点として、Leijonhufvudはサイバネティックスを使った「コーディネーションの科学」を構築しようとしましたが、その試みは挫折し、70年代後半から主流になった合理的期待にもとづく超均衡理論に取って代わられました。その最大の原因は、当時の経済問題が大恐慌のような不均衡ではなく、スタグフレーションだったことでしょう。持続的なインフレを説明する上では、フリードマンの自然失業率理論の説得力が圧倒的で、それを数学的に精密化した「新しい古典派」が主流になったのは時代の要請でもありました。

サイバネティックスは統計力学から生まれたものですが、これも具体的な成果はあまり上がらなかった。ハイエクもサイバネティックスに期待していましたが、結局こうした熱力学的な経済学は、今日ではオーストリア学派のようなマイナーな存在でしかない。それは新古典派への批判としては正しいが、それに代わる体系を構築できないかぎり、学問的には認知されません。

しかし時代は変わりました。いま世界経済の直面している危機は、フリードマン的なインフレの脅威ではなく、ケインズ的なコーディネーションの失敗です。ほぼ10年ごとにこういう危機が起こるのも、偶然ではないでしょう。これを解明するには、経済学を「コーディネーションの科学」と考えるオーストリア学派が役に立つかもしれません。