FCPAがやってくる...ような気配がする ー 矢澤豊

矢澤 豊

FCPAとはアメリカの連邦法、Foreign Corrupt Practice Actの省略名称。日本語では「海外不正行為防止法」などと訳されていますが、1977年、カーター政権下に成立した法律です。

実はこの法律の成立には、日本が少なからず関与しています。


ロッキード事件は、日本においては「総理の犯罪」としての側面がクローズ・アップされ、今なお続く戦後日本政界の金権体質が暴かれた数多い事件の中の一つでしたが、この事件のインパクトはロッキードの本国、アメリカにおいても少なからぬものがありました。

ロッキード事件を初めとする一連のアメリカ企業の海外での不祥事をうけ、アメリカ証券取引委員会(SEC)が調査にのりだしたところ、多くのアメリカ企業が外国政府高官や政治家などへの贈賄行為をおこなっていたことが明らかになり、往々にしてそうした贈賄目的の裏金捻出工作が不正会計処理を通じて行われている事が判明したのです。

折しもウォーターゲート事件後のアメリカ政界のクリーン・アップ気運にも後押しされ、こうしたアメリカ企業の不正行為を防止する目的で、FCPAは制定されました。

このFCPAは1998年に締結されたOECD条約、「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」の「ひな形」となり、また同条約により改正されています。
日本においては、同条約は1999年の不正競争防止法の改正(第18条)をもって、国内法化されています。

なぜいまさらFCPAなのか。あまり感度に責任は持てないのですが、最近になって筆者のレーダー・スクリーンに、霞のような影が映っているのが見えてきました。 どうもここ数年来の動きとしてアメリカ政府がFCPA関連の事件摘発に、国際的に、かつあらゆるチャンネルを通じて活発になってきているらしいのです。

FCPA関連で最近一番のニュースは、今年3月になって、ドイツのシーメンスが、中東、アフリカ諸国での政府関係者に対する贈賄が問題となっていた事件で、SECに8億ドル、お膝元のドイツ・ミュンヘンの検察当局には約5.4億ドルの罰金を払う羽目になった一件。シーメンスはニューヨーク証券取引所に上場しているため、SECの管轄下にあり、FCPAの適用を受けるものとみなされました。

(以下のビデオは去年2月の時点におけるドイチェヴェレのニュース) 

また、これはここ数年来、係争中の事件ですが、スゥェーデンの航空機メーカー、サーブ社の最新型戦闘機グリッペンに関する事件があります。サーブ社は、チェコ政府に対して、自社開発のグリッペン戦闘機を次期主力戦闘機として成功裏に入札、納入していました。しかしこの取引の裏にはサーブ社、サーブ社のコンサルタントとして仲介していた BAEシステムズ社 (ブリティッシュ・エアロスペース社の後継会社)、チェコ政府高官、同政治家の間で巨額の贈収賄が行われたとの疑惑が当初から浮上。2007年、囮捜査と隠しカメラを駆使して事件関係者に直接取材したスゥェーデンのジャーナリストによるドキュメンタリーがオンエアされるにいたり、グリッペン納入に関する贈収賄疑惑の捜査がスゥェーデン、チェコ、英国、南アフリカなど7カ国で開始され、現在も進行中です。

NATO新加盟国の小国への戦闘機納入に関して、スゥェーデンの航空機会社がこけた場合、どこの国の軍事産業が得するのか...すぐに分かりそうなものですが。

アメリカの公共放送サービス、PBSでは最近「国際贈収賄事件との戦い」というシリーズのなかで、シーメンス事件やグリッペン事件を大きくとりあげています。

もちろん、国際商取引における不正取引を廃絶することは正しいことですし、先進国の企業が、発展途上国の政官界の腐敗を増長させるような行為を取り締まる事に異論はありません。

しかし、アメリカ政府がFCPAの適用に積極的になってきている背後には、興隆目覚ましい発展途上国市場における自国企業の権益の保護という目的があることは否定できないでしょう。

この反論不可能な「大義」と、「自己利益」の一致はアメリカの政治家にとっては好都合この上ないということになります。

もうすっかり忘れてしまった人たちもいるかもしれませんが、我が国には80年代末の日米構造会議を通して、アメリカさんに「談合は非関税障壁の最たるもの」といわれたのをうけ、90年初頭にいわゆる「ゼネコン汚職事件」などの一連の談合摘発が始まったという過去があります。いまさら「日米構造会議」なんかで日本にプレッシャーをかけてみても、アメリカの政治家には1票の得にもならないでしょう。しかし、アメリカ政府としては、中国相手に本腰を入れて事を構え始めるには時間がかかるのでひとまずおいといて、ソフトターゲットである日本企業や欧州企業の海外での不正行為を摘発し、短期的に選挙民にアピールするというやり方は大いにアリだと思います。

うがちすぎな見方であることは承知しておりますが、OECD事務総長のアンヘル・グリア氏も、彼の任期中の大きなテーマとして、こうした不正取引摘発を重視していることを明言してますので、あながち杞憂ではないと思えるのです。

こうした情勢をふまえたうえで、我が国の政官界、法曹、実業界の現状に目を移すと、あまりにワキが甘いことに心寒くなります。

最近の不正競争防止法、第18条関連の事件としては、 「あの」西松建設のタイにおける贈賄事件や、大手建設コンサルタント会社、パシフィック・コンサルタンツ・インターナショナルのヴェトナム政府高官への贈賄事件などがありました。双方ともODAがらみの事件です。つまり外務省の管轄下で行われている取引・プロジェクトであり、かつ外務省の利権の温床であることが公然の秘密となっている場で、こうした不正取引が行われているわけです。

不正競争防止法は経済産業省の所管とみなされていますが、 この法律自体は実は知的財産関連の法律と分類されていて、18条関連の事件が、産地偽装事件などと同じ法律の下に扱われていることも不条理です。

また日本の不正競争防止法は18条の犯罪に対して属地主義による裁判権を定めていますが、元となったOECD条約では裁判権の設定は属地・属人の選択に関しては、締結国の国内法にゆだねています。アメリカでは日本と異なり、アメリカ国内で行われた不法行為のみならず、アメリカ国籍企業、またはアメリカで証券発行をしている企業に対しても、自国の裁判権を現時点で認めていますし、この裁判権の解釈は今後より拡大されていく可能性があります(たとえばアメリカ国籍法人の関連会社等)。ですから日本のように「現地当局の捜査結果を待って...云々」などと手ぬるいことを言ってはくれません。

とにもかくにも、海外の風潮はかくのごとしですので、日本の当事者のみなさんたちには、一独立国としての体面を保ち、独自の司法行政の権威をよろしく担保するべく、心配りをしていただいた上で、「外圧」に先んじて、かかる不正の撲滅に全力を注いでいただきたい。

まちがっても押っ取り刀で渡米し、証拠能力があやふやな嘱託尋問調書をもらってきたときのような二の舞は御免被りたい。また、海外発のリークを元手に、家宅捜査を行ってメディア相手に手柄顔するような卑屈なことも遠慮していただきたい。

個人の名を挙げて論ずるのは、不公平の観があるのでなるべく避けたいのですが、ここであえてその名を挙げさせてもらえば、官庁の無駄遣い撲滅運動、特に外務省関連のそれに血道を上げていらっしゃる河野太郎君。ご自身アメリカ政官界に太いパイプをもっていらっしゃるようですが、魑魅魍魎の「伏魔殿」の隠し金脈を追うことに熱中するあまり、大局を見誤ることのなきようお願いします。またODA関連の口利きを専らとしていらっしゃる族議員さんたちも、「海外の恥はかき捨て」などと甘くみて、第二、第三の中村喜四郎さんにならないよう、お気をつけ下さい。

どうも日本の政官界に生息する方々は、外部からは理解不可能な内部の論理とパワー・ポリティクスで動いているようなので、海外との折衝となると、はたからみているとどうも不安になります。敢えて言うならば、平安貴族が元寇を戦っているような錯覚に陥ります。老婆心ながら、あえて一文を草した次第です。

(以下のビデオは、上記PBSの番組のPRビデオです。)

コメント

  1. lionair より:

    はじめまして。

    記事を拝見しまして、何点かコメントさせていただきます。

    まず、「アメリカ政府がFCPAの適用に積極的になってきている」点には共感しますが、アメリカの積極姿勢は今に始まったことではないと思います。OECD条約の制定自体が米国主導で進んだものであり、米国企業が海外ビジネスに不利にならないよう、FCPAを他の先進国にも拡大することを意図したものではないかと考えております。

    また、「最近の不正競争防止法、第18条関連の事件としては、 「あの」西松建設のタイにおける贈賄事件や、大手建設コンサルタント会社、パシフィック・コンサルタンツ・インターナショナルのヴェトナム政府高官への贈賄事件などがありました。」のは事実ですが、実は日本での立件例がほとんどなく(PCIが2件目と言われている。)、2005年の段階で、既に検察の消極姿勢がOECDより指摘されております。(米国もlead examinersとして関与。)
    http://www.oecd.org/dataoecd/34/7/34554382.pdf
    PCIの件についても、「検察当局は、摘発によってOECDからの批判に、一定程度の回答を出す必要があると判断した」(産経新聞8月4日)ような側面があります。

    ですので、外国公務員への贈賄摘発に対する米国及びOECDの積極姿勢は今に始まったものではなく、むしろブリジストン、PCI、西松の件をもって日本国内で顕在化したと言えるのではないでしょうか。

    ※「日本の不正競争防止法は18条の犯罪に対して属地主義による裁判権を定めている」とありますが、法令所管の経済産業省のホームページによると、平成16年の法改正により既に属人主義を採用しているとのことです。
    http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/zouwai/index.html

  2. Yute the Beaute より:

    旅行中につき、お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。コメント、ご指摘、補足、ありがとうございます。コメント機能がなかった時は「こんな記事、誰も読んでいないんじゃないか...」と寂しい思いをしていました。コメント機能がオン・ステージした時点で早速のコメントをいただき、素直に嬉しいです。

    ご指摘の点ですが、まず「アメリカの積極姿勢は今に始まったことではない」とのこと。「今」をどう定義するかにもよりますが、確かにOECD条約締結の時点から、アメリカとしてはこの方面でリーダーシップをとっていくという方向付けはされていたと思います。しかし、これは個人的な経験なのですが、私の前職では2年前ほどから、アメリカの本部から「FCPAに気をつけろ」という指示が飛んでくるようになりました。同業者とのアフター・アワーな会話でも、「なんか最近ウルサイよね~」といい合っていたものです。おかげで仕事場ではアジア全域の営業マン戦士たちの手綱をワキから出て行って引っぱる羽目となり、顰蹙をかっておりました。個人的な事情はともかく、アメリカの法務関係の一般実務家向けセミナー・コンファレンス市場でも、今回の金融危機が顕在化する以前は「FCPA関連」が売れ筋だったのです。

  3. Yute the Beaute より:

    こうした実務上での経験と感触から、「ここ数年来」「活発になってきているらしい」と述べさせていただきました。

    日本での立件例の点ですが、この点が私の言いたいことそのものです。このグローバルな時代に、いつまでも外圧へのリアクションで「OECDからの批判に、一定程度の回答」などという受け身なことをやっていてもいいのでしょうか。論理が飛躍しますが、こうした日本の司法行政の内弁慶な体質は、沖縄の暴行アメリカ海兵には及び腰なくせに、ラッシュアワーの駅の「ボクはやってない」痴漢容疑者君への執拗な追求ぶりと同根の問題だと私には思えるのです。裁判員制度の導入よりも、日米安保協定の再交渉が先だろう、と。

    最後に不正競争法における、裁判権の点ですが、ご指摘の通りです。しかし、PCI事件が外圧によるやっと二件目の立件で、西松事件もタイ政府当局の捜査結果まちの現状では、法の条文は変わっていても、このままでは現場の対応にはなんの変化もないでしょうし、実務における対応も同様でしょう。こうした場合「属人主義を採用している」ということの意味はなんなのか。考えさせられます。

    以上です。今後ともよろしくお願いいたします。(もしよろしければ投稿者になりませんか?法律系が私ひとりで「ノレンに腕おし」状態なので。)