新聞ボス追放Twitter蜂起の奨め!- 北村隆司

2009年06月24日 14:50

松本徹三さんの「新聞とウエブとの関係」を読み、私がサム・ヴェナブル氏の真意を正確に伝えていなかった事と、日米の言論人の責任感やプロ意識に大きな違いがある事に気がつきました。

私の主観に過ぎませんが、米国の報道人のプロ意識は日本の匠を思わせる強さを感じさせ、日本のサラリーマン記者の比ではありません。巨匠が自作に銘を彫る如く、記事への署名も怠りません。


アメリカの言論人の多くは、マスメデイアがアメリカ国民の信頼を失いつつある事を良く認識しており、セレブ化したジャーナリストの傲慢さや怠慢を厳しく自己批判し始めました。

ヴェナブル氏のスピーチは「樫の木に群がる蛾」の比喩や「USエアー機のハドソン川着水」のニュースを発生から5分後には動画を交えて世界に伝えた、ブログ、ウエブTwitterなどの新技術の持つ速報性や多様性の特徴を称えつつ、伝統的メデイアの情報収集力や分析能力の重要性は変らないと訴え、プロジャーナリストを目指す卒業生を勇気つけたものでした。

私は、松本氏が公的責任や報道の質などのプロとしての重要な要件に触れず、「既存メディア、特に新聞の世界の人達が「誇り」が強く、その「誇り」がしばしば「傲慢」に変質している。然し、「傲慢」はいつかは必ず打ち砕かれるからあまり憂慮する事はない」と言う言葉をそのまま信ずる事は出来ません.

ご承知の通り、米国の新聞業界の経営危機は極めて深刻で、ロスアンジェルス・タイムスやシカゴトリビューンと言った名門新聞が、相次いで民事再生法を申請し、東の名門であるボストン・グローブも親会社のニューヨークタイムスの経営危機の余波をまともに受け、何時倒産してもおかしくない状態になっています。

報道危機を不況に伴う広告収入の激減とIT技術の攻勢に原因を求め勝ちですが、この論議に対して大いなる疑問を呈する専門家が増えて来ました。

報道業界の大先輩で、現在はハーバードやジョージワシントン大学でジャーナリズムを講じているマーヴィン・カーブ氏も、新聞の危機の真因を不況や新技術の進歩に求める事に疑問を呈している人物の一人です。

カーブ氏が主催したセミナーでは「活字であろうとウエブであろと、報道の果たす基本的役割は変らない。活字を読みたいと言う人間が減った訳でもない。危機の遠因は、報道のプロがプロとしての責任を放棄して、読者が信頼し納得する記事を供給できなかった事実にある。メデイア経営に、売らんかなのセンセーショナリズムや大切な問題を端折りたがるタブロイド的傾向が無かったか?深刻に反省すべきだ。メデイアが、経営の便宜や記者の怠慢に引っ張られセンセーショナリズムやタブロイド化に走れば、安直なウエブに勝てる筈がない。メデイアの経営不振を、技術革新や不況の問題と片つけている限り、メデイアの再興は期待できない。この際、ジャーナリストは原点に戻って社会的責任を果たすべきだ」と言う大変謙虚な反省の弁が支配的でした。

この座談会にパネリストとして出席していたAPやCNN(USA)の社長は「新技術の発展の恩恵を受けて、新しいビジネスモデルが続々生まれ,両社とも創立以来最高の利益を上げている」と誠に鼻息の荒い話をしていました。

謙虚に現実を見つめ、新企画を練る米国メデイアの経営者と、松本さんの敬愛する日本の長老新聞人の差は余りにも大きすぎます。

新聞協会は昨年「活字文化が危ない」と危機の到来を告げて大騒ぎしました。その真の目的は活字文化の危機ではなく、「特殊指定撤廃」反対にあったのです。自己利益の保護の為には、新聞社得意の世論調査なる物を持ち出し、新聞の宅配制度が圧倒的多数の国民に支持されていると主張していました。世論調査を自分の意見を正当化する道具に使って、政局を動かすメデイアの横暴は空恐ろしい話です。

それだけに留まりません。日本では一新聞社のボスが政党の党首を操って2大政党の合同を図ったり、財務・金融・経済財政担当相を料亭に呼び出して厚生労働省の分割を指示するなど、新聞人としては極刑に値する犯罪を起こしても何のお咎めも受けない程、国家は堕落してしまいました。

日本の報道界の独立性を脅かす未曾有の危機に瀕したこの時期に、長谷川如是閑、石橋湛山、小汀 利得など多くの日本の反骨言論人が存在しない事の打撃の大きさは測り知れません。

政治と癒着した経営ボス、特殊指定に守られた販売組織、閉鎖された記者クラブでニュースを順繰りに廻す記者の集団。八百長だらけの言論界に操られた国民が成長する筈はありません。個人的に優秀な記者が居る居ないの問題ではなく、日本のメデイアの現状はバブル破裂前の日本の金融界以上に構造腐敗が進んでいる事が重大だと思うのです。

今回のイラン騒動でSNSの役割の大きさは痛いほど知らされました。イランから刻々と集まるSNS情報をイランの歴史や地理、政治事情に詳しいジャーナリストが克明に解説しながら放映するケーブルTVを見ながら、伝統的メデイアと新時代の技術の融合を目の当たりにして,その果実を思い切り享受した感を受けました。

日本の新聞界の低迷を嘆いた序に、NHKとBBCの改革手法の違いにも触れたいと思います。最近、英国の国会中継を見て居りましたら、BBCの公共放送の質の低下が論議されており、その対策として提案された改革案の斬新さには驚かされました。

アメリカに比べ市場原理の影響が小さいと思っていた英国の、然も与党労働党の改革案が、BBCの公共放送の改善に「民間放送に公共放送用の補助金を与えて競争を強化する」と言う内容で有った事には仰天しました。日本でも参考になる提案だと思いますが如何でしょう?

報道の質を巡った論議を聞く度に思い起こすのが :

The smarter the journalists are, the better off society is. For to a degree, people read the press to inform themselves-and the better the teacher, the better the student body.
 

と言うバフェット氏の言葉です。質の悪い報道は、おのずと国民の民度を引き下げます。私の論議の正否は別として、この際報道の質について大いに論議が巻き起こる事を期待して止みません。

日本の新聞は少なくとも署名記事を原則にして、記事の作成者の責任体制くらいははっきりして欲しいものです。記者の責任体制がはっきりしている欧米の新聞業界と、日本新聞協会の基本方針を謳った「新聞倫理、販売、広告倫理各綱領」を比較して見ると、倫理観と危機感の認識の違いの大きさに愕然とする思いです。

報道界を2重、3重の紙のカーテンで取り囲み、批判を妨げ報道の自由を放棄した日本の現状は、ムーラのカーテンに囲まれたイラン同様です。独立自由な報道を奪われた日本国民は、イランの民衆から学び非暴力のTWITTER蜂起を通じて新聞ボスの追放を図る事奨めるのは過激に過ぎるでしょうか?。

ニューヨークにて いささか理性を失った感のある 北村隆司

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑