既存メディアとインターネットの融合(続き) - 松本徹三

2009年08月15日 00:01

前回の議論は抽象論に過ぎたので、ここで「もし私自身が大手新聞社の経営幹部だったらどうするか」という観点から、もう少し具体的に踏み込んだ議論をしてみたいと思います。

日本でも米国でも、既存の新聞社がインターネットに全く無関心であるわけでは勿論ありません。しかし、その発想の原点は、「インターネットの為に広告収入が減っているので、これを補うためにインターネット側にもヘッジしておこう」ということにあるような気がします。そして、結果として、「色々やってみたがはかばかしい収入にはならない」ということで、あまり意気は上がっていないように思います。


既存の新聞社と新技術のもう一つの接点は、Amazon社が提供するキンドルばりの「電子新聞」というものだと思いますが、これについても、耳に入ってくる日本経済新聞の価格などをみると、とても本気ではないように思われます。「現在の発行部数に影響を与えないように」ということを最大の眼目とする限りは、これも止むを得ないことなのでしょう。川に橋を架けることは決めたものの、渡し舟の収入が減るのは困るので、橋を渡るには高額の通行料を払わねばならないようにしているかのようです。

私ならどうするかといえば、発想を180度転換し、当面は経営数字への貢献度のことはあまり考えず、完全に、且つ純粋に、読者の立場に立つようにします。つまり、何よりも真っ先に、「現在の新聞で読者が不満なのは何だろうか」を考え、「どうすれば読者のあらゆる要望に応えられるか」を考えます。「自社の利害にかかわる政治問題をタブーにする」等ということは、勿論、金輪際ないようにします。

今後、競争が激化してくれば、読者の支持が得られないようなものは所詮生き残れませんし、逆に、読者の支持さえ得られていれば、まわりまわって経営面でも必ず採算に乗ることになるはずです。これは、どんな商品にもどんなサービスにも当てはまる、「自由経済の鉄則」です。(政治的に動いて既得権を守ろうとしても、読者の支持が得られなければ所詮は生き残れないのですから、そんなことに血道をあげるのは意味のないことです。)

現在の新聞は紙数が限られており、その中であらゆる種類の読者層の求めるものに対応しようとしているわけですから、ある事柄に興味のある読者にとっては、内容が物足りなくなるのは当然です。だからと言って、これ以上紙数を増やせば、コストは増大し、かさばって読み難くもなります。

電子新聞であれば、その読者にとって興味のない部分は目に触れなくすることが出来る一方、興味のある部分は、取材内容をフルに読んでもらえるようにすることも出来ますし、インターネットと連動していれば、関連の情報を自由に検索することも可能に出来ます。写真や図表も惜しみなく入れられるので、全体的に華やかで躍動的な印象を読者に与えるようにもなるでしょう。

しかし、こういったメリットは表象的なものにすぎず、インターネットとの融合が既存メディアの欠点を補う最大のポイントは、一元的で教条的なものに陥る危険のある「報道」と「解説」を、多元化し、豊かな発想を惹起するようなものに変えていくことが出来ることだと思います。

このことを違う角度から見ると、現在の一般紙は、中立性を重んじるあまりに、「主張」のない記事、メリハリの利かない記事で塗りつぶされてしまう傾向がありますが、インターネットと連動していれば、多くの異なった主張を並列的に紹介して、その長短を論じるようなことも可能になるでしょう。

更に言うなら、インターネットと連動することによって、新聞は、「一方通行のコミュニケーション」から「双方向のコミュニケーション」へと、コペルニクス的な転換を果たすことが出来ます。そして、これによって、「議論に参画したい読者」「自らを主張したい読者」を満足させることも出来ます。

Twitterなどによる速報性の問題を別にすれば、現在の一流紙はきわめて強力な取材力を持っていますし、各界の著名人とのインタービューも容易に取れる立場にあります。しかし、市井の一般人の考えを汲み上げる能力においては、特にかけ離れた力があるとは言えず、「果たして公平に洩れなく汲み上げているか」という点においては、疑念をもたれているところもあります。つまり、一流紙は、一般の読者から見れば、やはり「傲慢」なのです。

この点、インターネットと緊密に連動すれば、このような疑念をもたれる心配はありません。市井に埋もれた「知られざる教養人(賢人)」や「正義感にあふれる人達」、「斬新な視点」や「刮目すべきアイデア」を掘り起こすことも出来る一方で、「付和雷同する大衆のムードの流れ」がどこにあるかを、「現実」として正確に捉えることも出来ます。

(また、これは議論の分かれるところかもしれませんが、ルール違反すれすれの「激しい主張」や「厳しい攻撃」も、十分な注意を払いながら、紹介していくことができるでしょう。)

インターネットの世界での言論を、時折、新聞の紙面を通じて、なお多く存在しているインターネットに無縁の人達(基本的には、パソコンを持っていない人達)に伝えていくことも、大変意義のあることだと思います。私は「デジタルデバイド」という言葉を、単純に「『進んだ人達』と『遅れた人達』の断絶」とは捉えておらず、より深刻な「世代間の断絶」と捉えていますが、このよう形でインターネットと印刷メディアの交流がはかられれば、このような断絶も次第に薄まっていくものと期待しています。

前置きはこのぐらいにして、「仮に私がX新聞の経営幹部だったらこうする」という具体論を下記します。

1)「現行の日刊紙」と「インターネットと連動する電子新聞」の二本建体制にする。

2)電子新聞の基本的な編集方針は、上記に述べたように、インターネットとの連動のメリットが十分生かせるようなものとする。

3)日刊紙の内容は漏れなく電子新聞に含まれるようにする一方、日刊紙では、インターネット上で盛り上がっている事柄を時折紹介する。

4)電子新聞は、「一般・政治」「経済・産業」「社会・事件」「スポーツ」「文化・趣味・芸能」の5分野に大別して編集する。(一定分野に限っての購読も可能とする。)

5)各分野のトップページは、文字の大きさを変えたメリハリのきいた「項目表示」とし、現在の日刊紙のセンスを極力取り入れる。(項目にタッチすると記事が表示される。)

6)電子新聞の画面は、「写真・図表・漫画」と「文字」でページを切り分け、編集を容易にすると同時に、小さな画面でも見易くする。(将来は「写真」と並行して「動画」も取り入れる。)

7)電子新聞については、通常のインターネットでアクセス(購読)出来るようにする一方、既存の携帯通信会社のネットワークを使った配信も可能とする。

8)電子新聞用の端末機は、キンドルのような特殊な専用機は考えず、「通常のパソコン」又は「ネットブック」、「大型の画面を備えた携帯端末機(アイフォンのようなもの)」、又は、「通常の携帯電話機とつながる安価な拡大画面」の何れでもよいものとする。

9)電子新聞については月極めの購読料を取るが、日刊紙の購読者は割引とする。(電子新聞についても広告は掲載する。)

これで何か不都合があるでしょうか?

松本徹三

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