新聞記事が生む誤解・・・年収と進学率 - 岡田克敏

2009年08月25日 11:43

 7月31日の朝日新聞大阪版一面トップは「大学進学 際立つ年収差」という大見出しで、親の所得によって大学進学率が大きく影響を受けるという記事です。小見出しは「200万円未満28% 1200万円超は62%」「4年制私立で顕著」とあり、年収と進路を表すグラフが載っています。


 4年制大学への進学率(縦軸)は年収(横軸)の増加とともに急角度で上昇している様子が見て取れます。調査は東大大学経営・政策研究センターによるものとされていますが、朝日の記事は元の資料とかなり印象が異なります。

 朝日に掲載されたのは元資料の図表2ですが、オリジナルのグラフは傾斜が緩く、朝日の載ったものは元のグラフの左右を縮めて傾斜を誇張したものであることがわかります。まあこれはよく使われる手です。

 さらに元資料には図表4として 国公立・私立別のグラフがあり、これを見ると国公立大学への進学率は200万円未満では10.6% 1200万円超は8.7%と大変フラットな形をしています。国公立大学に関しては親の所得は関係がないようであり、比例するのは4年制私立大学だけであり、議論はその点に絞るべきです。

 記事の下に、「社会全体の損失」という見出しで、広井良典千葉大学教授の解説が載っています。「大学進学はその後の賃金や失業のリスクなどに決定的な影響を与える。潜在能力があるのに、親の収入で人生を左右され、格差が親から子に引き継がれるのは、社会全体にとっても損失だ。(中略) 財政的な裏づけも含めて政治的にも議論すべきだろう」

 この朝日の記事をざっと読むと、親の収入が低いと進学が困難になり、それが子の収入に影響して格差が固定化する、だから教育には公的な支援が必要だ、と理解できます。各党のマニフェストでは教育支援が争点になっていますが、親の所得が進学率に支配的な影響を与えるというこの記事はその論拠を提供するものです。

 記事は正義の立場から問題を指摘しているように見えますが、はたしてこのその通りでしょうか。むろんそのような一面はありますが、この問題はもう少し複雑であり、別の角度からも見る必要があると思います。

 国公立大学への進学率に関しては、親の所得による影響が見られない点は朝日の記事本文でも少し触れていますが、もう少し注意を払うべきだと思います。少なくとも国公立大学への進学者には親の所得にあまり左右されない、比較的均等な機会があると見てよいでょう。

 一方、年間授業料は国立大で約54万円、私立大は約85万円であり、差額は31万円です。4年制私立大学への進学率のみが親の所得に左右される理由を経済面だけで説明するのは難しく、それだけ強調すると誤解を招きかねません。学力や意欲など他の理由を考慮する必要があります。

 刈谷剛彦著『学力と階層』では両親の学歴、父親の職業などから捉えた「社会階層」、朝食を食べる、挨拶をする、決まった時間に寝るなどの「基本的生活習慣」と学力の間に関係があることを示したものです。また勉強に対する「努力」にも社会階層の影響があることを示しています。

 大変複雑な問題であり、少なくとも経済的支援だけで解決できるものではないと思われます。仮に支援によって進学率が高くなったとしても、大学進学率約80%の韓国のように卒業生の多くが就職先を見つけられないという状態にならないとも限りません。皆が行けば限界的な大学の選抜機能が低下するからです。大学卒が有利であるのはその選抜機能によるところが大きいためと思われます。

 上記の本によると、大学入学者のうち4割が無試験で入学し、大学生の75%が私立大学に在籍しているとされています。そして私立大学のうち半分は定員に満たないため、入学者の選別ができず、学力の低下が深刻な問題となっています。私立大学への進学率の年収による差を問題とするなら私立大学の実情にも少しは配慮すべきでしょう。

 むろん意欲と能力がある生徒が経済的な理由によって進学できない状況はぜひともなくす必要がありますが、進学率が親の年収に左右されるという記事を一面トップに掲げ、格差の問題として感情に訴えるようなやり方は適切なものとは言えません。

 複雑な問題を多くの人に正しく理解してもらうのは大変難しいことです。社会を動かす力になるのは格差社会、市場原理主義、非正規雇用などの単純化された概念であり、単純化に大きい役割を担うのはマスメディアです。

 単純化はもとより不正確さを伴います。恣意的な、偏った単純化はさらに危険であり、誤った方向を示すことになりかねません。
(もっともこの記事に関しては、朝日新聞自らが単純に理解して書かれた可能性もあります。それはまた別の意味で憂慮すべきことですが)

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