インフルエンザと狼少年 - 岡田克敏

2009年09月04日 10:22

 一昨日、久しぶりに京都で電車に乗ったのですが、マスクをしている人の少ないことに驚きました。乗った車両にマスク姿は隣の席の1人だけで、しばらくすると盛んに咳こみ始めました。少し失礼とは思いながらも、我が身かわいさで、離れた席へと移動しました。

 最近1週間の推計感染者数は15万人と既に報道(8/28)されているわりには驚くばかりの冷静な対応です。5月、数人の感染者が出ただけで、ものものしい検疫の光景を交えた連日の大報道が起き、街がマスクだらけになったのに比べ、とても同じ国のこととは思えません。


 5月の騒ぎでは当初、致死率が過大に伝えられたことを考慮する必要がありますが、早い段階で修正された後もマスコミの大騒ぎは続きました。これは世界でも珍しい現象とされ、日本のマスコミの「異常性格」が指摘されました。

 5月の報道が非常に誇張されたものであったことが判明した結果、現在の本格的流行が報じられても、「またか」ということになってしまったのでしょう。皆、新型インフルエンザに飽きてしまったのかもしれません。マスコミはまさに狼少年です。季節性と変わらない病状とはいえ、感染の脅威はこれからなのですが。

 一週間の感染者が15万人と推定され、感染の機会は格段に増えているのに、マスコミのこの冷静さも不思議です。マスコミもまた飽きて、ニュースバリューがないと考えたのでしょう。しかしその結果、必要のないときにマスクを着用し、必要があるときに着用しないという逆さまの対応が起きてしまいました。大変不合理なことです。

 報道機関の役割は読者・視聴者に必要な情報を過不足なく伝え、適切な対応を促すことにあります。マスクの着用という感染予防対策の実施状況から見る限り、マスコミの果たした役割はむしろマイナスの方が大きかったのではないかとさえ思われます。

 食品の消費期限問題、ダイオキシン、環境ホルモンなど、例を挙げればきりがありませんが、誇大な報道が過剰な反応を招くことを学習する機会はいくつもありました。情緒に訴える興味本位の報道によって、読者・視聴者に迎合することが優先された結果なのでしょうが、そこには商業主義の「完成度」の高さを感じます。

 藤原正彦氏はベストセラー「国家の品格」で、論理を否定し、情緒を大切にせよ、と教えました。まさかそのせいではないでしょうけれど、報道は情緒を大切にしているように見えます。たしかに迎合には情緒が欠かせません。しかしもともと情緒に左右されやすい国民に対して、マスコミが情緒中心で動けば、付和雷同の先導をするようなもので、碌なことはありません。

 あたりまえのことですが、報道機関の役割は適切な反応を引き出すような情報提供であり、反応の適否を検証するまでが仕事の範囲であるべきです。流し放題、あとは知らん、という無責任体制では困るのであります。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑