経済学に意図せざる結果という法則があります。これはアダム・スミスの「見えざる手」にもあらわれていますが、明示的にのべたのはメンガーです。複雑な社会では人々は利己的に行動するので、個人の行動は彼が意図するのとは違う結果をもたらすことが多い。たとえば売り上げを増やそうと思って商品を値上げすると、客が減ってかえって売り上げが減る――というように市場で相互作用がはたらくからです。そんなこと当たり前じゃないかと思う人が多いでしょうが、政治家にはこの程度の常識もない人が多い。
たとえば民主党の提案している製造業の派遣労働の禁止を実施したら、何が起こるでしょうか。民主党や連合は、次のようになると主張します:
- 企業は派遣を雇う代わりに正社員を雇う
- 労働者はみんな正社員になって格差はなくなる
こういう論理を、囲碁や将棋で「勝手読み」といいます。相手が自分の期待したとおり行動するとは限りません。企業の賃金原資は限られているので、解雇が不可能で年金などのコストの高い正社員を派遣と同じ人数やとうことはありえない。業界の調査では、派遣労働を打ち切った場合、正社員に雇用されるのは5%程度で、残りはアルバイトや残業で埋めるという結果が出ています。つまり派遣労働が禁止されたら実際に起こることは、
- 企業は派遣をアルバイトに切り替え、残業を増やす
- 大企業は生産拠点を中国などに移転し、雇用が失われる
- 海外移転した企業の国際競争力が強くなる
あれ? 国内の雇用は減って「大資本」がもうかる結果になりました。こういうのを意図せざる結果というのです。長期的には日本企業が国際競争に生き残る上ではいいかもしれないが、労働者にとっては不利になります。規制によって国内の労働需要が減るコストは結局、労働者が負担するのです。
同じことは、最低賃金を全国一律1000円にするという民主党の公約にもいえます。賃金が上がることは、労組などのいま職についている労働者にとっては望ましいが、失業率は上がります。この場合も民主党は、最賃を規制したら労働需要は変わらないで賃金が上がると都合よく想定しているのでしょうが、労働サービスも市場で取引されるので、価格(賃金)が上がったら需要は減ります。経営者は、労組の期待するとおり行動してはくれないのです。それを実現しようとすれば、企業に雇用を強制する社会主義しかない。
社会主義では人々が計画当局の意図したとおりに行動すると想定しましたが、実際には人々は政府の目を盗んで怠けるので、経済が崩壊してしまいました。もちろん市場でも意図せざる結果は起こりますが、何が起こるかはある程度わかっています。そういう戦略的行動を予想して資源配分を最適化するのが、経済学やゲーム理論です。次期首相になる鳩山由紀夫氏はゲーム理論の専門家で、最適化理論についての論文も書いているので、その知識を生かして、意図せざる結果を計算した上で戦略的に行動してほしいものです。
コメント
選挙で盛んに公約された「こども医療費無料化」は、医療を充実させるどころか、かえって医療水準を低下させます。
値下げによって需要が増えるので、ますます医師は不足し、本当に医療が必要なこどもは医者にかかれなくなります。
もっとも、政治家たちが意図しているのは、医療が必要なこどもに医療を給付することではなくて、受診の必要がないけれども、単に医者にこどもを連れて行って安心したい親たちに媚を売りたいということなのだろうから、これは「意図した結果」なのかもしれません。
「こども医療費無料化」を掲げたのは共産、社民ですので幸か不幸か実現はしないでしょう。
自治体レベルですでに行われています。
民主党推薦の河村たかし名古屋市長がその典型です。
こども医療費無料化をした自治体の医師に聞き取り調査をすれば、小児医療はかえって悪化していることがわかるはずです。
医療について常日頃考えていることがあります。
現在、最新の治療を受けたい場合、保険適用外の自費で
受けざるを得ないことが少なくありません。
そこで、最新の治療についても、保険適用を大幅に認めて、
不足する財源に税金を投入するといい思います。
その結果、患者の満足はもちろん、日本の医療も進歩し、
病院も儲かります。医療業界への経済効果も期待できます。
このような、良い循環を生み出すことで、医療に関する
諸問題についても良い影響を与えることでしょう。
雇用の流動性と転職容易な環境の改善を前提としない場合、民主党の言う「同一労働、同一賃金」政策は、正社員の給料を派遣労働者並みに下げて、労働者の貧困度を増す政策だと言えます。(海外移管できない職種の場合です)
http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=1414
この記事とは関係ないのですが、
医療というのは、実は推進すると、国内企業の競争力を落とす結果に繋がるんじゃないかと私は思います。
というのも、医者になれる人間というのは、技術者として見ても、超一流の人間が多いからです。
つまり、医者になる人間が増えるほど、国内企業の技術力低下が起こり、国際競争力が低下します。
また、老人医療を推進すれば、産科医療や小児医療の低下が起こり、その逆も起こりえます。
経済学では、人材というものをどうやって扱っているのか知りませんが、人材というものも、きちんと理論化して考える必要があるのではないでしょうか。
まあ、逆に考えない方が、変な規制ができなくて良いのかもしれませんが。
池田先生が過去にご主張されておりましたことではありますが、最適化理論を駆使するとしても、やはり「無知の知」が本質的な問題ではないかと思います。考慮すべきパラメータが抜け落ちては導出される最適解も怪しいものになってしまいます。そのためには無謬性を廃することが重要で、わかっていない部分を認める勇気とビジョンを持てるかどうか、欠点を批判され論点すり替えたりムキになって反論するような政治家では無理でしょうが、鳩山氏はその点多少なりとも聞く耳を持っていそうな気がします。
それと、工学系から医学系に人材がシフトすることは既存の国内産業の国際競争力を弱めるかもしれませんが、しかし、医療が国際競争力を持てる成長産業なのだとすれば、それこそ意図せざる良い結果が得られる可能性もあるのではないでしょうか。単純な労働力の移動ということを危惧なされている方が多いようですが、医療は十分な競争が行える環境であれば、人、モノ、カネが投資されて成長できる産業ではないかと直感的には思います。国際的にどうかの根拠はありません。
>医者になれる人間というのは、技術者とみても超一流の人間が多い
超一流の人間が多ければ、一人位医学部出身のノーベル医学生理学賞をもらった日本人がいてもよさそうですが、一人もいません。1987年に医学賞を受賞した利根川進氏は理学部出身で医者ではありません。
偏差値が高いのが優秀な人間ではありません。科学分野のノーベル賞受賞者で東大出身者はわずか三人です。圧倒的に他の大学出身者の方が多いのです。
>hogeihantaiさん
私は別に、偏差値やら、ノーベル賞受賞者の人数やらを基準にするつもりはまったくなくて、
単純に、人体という精巧で心を持った機械を相手に、診断し処置する、それを毎日繰り返すことができる医者が、技術者としてみて超一流だと思っただけです。
ノーベル医学生理学賞の受賞者はほとんどが研究者としての医学者であり、臨床医師を主な仕事としていた人ほとんどいません。(まぁノーベル賞の性質上当たり前ですが)だから臨床医師として有能な人と医学者として有能な人はまた別でしょう。disequilibrium氏が仰るように、臨床医師の素質は技術者のそれに近いと思います。
電子工学、材料科学、化学等工学の分野で日本の科学者、技術者が貢献したものは無数にあります。臨床医学の分野で日本の医者が世界に貢献したものはどの位あるのですか。寡聞にして存じません。欧米へ日本の医師が臨床医学の研修に行く話しはききますが、その逆はきいたことがありません。どうして超一流といえるのですか。
連日メディアにご出演されている民主の大塚耕平氏によれば、最低賃金引き上げと派遣労働の禁止は、雇用を高付加価値産業へシフトする不退転の決意を示すものである主旨の説明がありました。つまり、(彼が自覚的であるという点から)ワーキングプアがプアになることは意図した結果であるということです。これは、人件費でしか競争力を維持できないような産業を日本の主幹産業と捉えるのは如何なものかという問題提起であり、この点だけ取上げれば池田さんのご主張と大差がないように思います。
意訳的に解釈すれば、国内の経済人のマインドに刺激を与えるための施策といえるのかもしれません。しかしながら、どのような産業が創出され、どのようにシフトするかについては、何も述べられておりませんので、理想論といわれてしまうとそれまでではありますが、成長指向である点について若干の希望を感じます。
民主党の政策がポピュリズム先行型に思えるのは、政策立案者と主張者が異なる点にも少し原因があるのかもしれない、そのように思います。目立ちたがり屋の政治家が原因というよりマスコミ側の問題が重い気がいたします。
1970年代にシンガポールは政府主導で賃金のガイドラインを作り年20%もの賃上げを実現している。低生産性、体付加価値から技術集約、高付加価値への産業転換を図るものだった。これは見事に成功し一人当たりGDPでは日本を抜き去った。大塚耕平氏の説明による民主党の政策は一見シンガポールの政策に類似しているが雇用調整金、全ての農家への補助金の支給などゾンビ産業の温存を図るもので、全く整合性がない。そもそも産業政策と社会政策を一緒くたにしているのが間違いのもとだ。
今後、公共事業の大幅削減で窮地に陥るゼネコンが増える。他にも日本航空等、市場より退出を迫られている企業が多い。民主党がこういったゾンビにどう対処するか見ものだ。
大塚耕平氏は日銀出身だから、経済政策のわかる数少ない議員ですが、
<人件費でしか競争力を維持できないような産業を日本の主幹産業と捉えるのは如何なものか>
というのは頂けない。これから日本の産業は、もっと労働集約的なサービス業にシフトしていくので、賃金を規制しないことが重要なのです。それに人材がシフトする先と目されている福祉・介護・医療などの生産性は、製造業より低い。
問題は絶対的な生産性ではなく、最適水準と現状の乖離です。製造業の生産性は高いが、これ以上高めるには海外移転しかない。他方、国内の雇用を維持するには、非常に生産性の低いサービス部門の生産性を先進国の平均ぐらいにしてGDPを上げる必要があるのです。
ただ大塚氏も解説していたように、これまで業界団体に出していた補助金を個人や家計に出すようにしたことは合理的です。あとはもう一歩踏み込んで、保育所や介護などもバウチャーにしたほうがいいと思います。
>医者になれる人間というのは、技術者として見ても、超一流の人間が多いからです。
言葉尻みたいですが、「技術者として一流になれる人しか、医師になれない」のでは。
なぜ「医学部」イコール「理科三類」なのでしょうか?
「医学部」イコール「芸術学部」ではないのでしょうか?
「医学部」を「工学部」やら「理学部」の隣に置いておくような発想の貧困が、人間の心身を機械の延長のようにしか捉えられない医師の発想の貧困を招いています。
東大に医学部があるのだから、東京芸大に「医学部」を作って
ユング研究所(スイスにある世界的に有名な研究機関)みたいな権威を与えればいいと思いますね。メンヘラには造形センスに恵まれた人が多いし。
精神科医のほとんどは東京芸大で養成するように(制度的に)なれば、日本の劣悪な精神医療も改善されるでしょう。
>欧米へ日本の医師が臨床医学の研修に行く話しはききますが、その逆はきいたことがありません。
「ことば」の問題があるから。医師の輸入ができないのは、看護師の輸入ができないのと理由はまったく同じです。
英語圏の人は、英語が通じる国なら、世界中どこにでも留学できるのです。日本に留学するために、日本ローカル言語である日本語を学ぶほどの暇人はいません。
>日本の劣悪な精神医療も改善されるでしょう。
その根拠は?
>日本語を学ぶほどの暇人はいません。
私の会社に技術研修にきている欧米人は日本語を話す必要はありません。日本人の技術者が英語を流暢に話すからです。優秀な日本人医者は英語も話せないのですか?
医療は医師だけで成り立っているのではありません。医師、コメディカル、患者の三者で成り立ちます。医師だけ英語で話しても、他の二者に通じないのでは仕事になりません。
>医者になれる人間というのは、技術者として見ても、超一流の人間が多い
一流の医者は、一流の職人になり得る資質を持っているかもしれません。しかしながら一般の医者すべてが、技術者になれば一流になっていただろうという考えは間違っていると思われます。
また臨床医は技術者ではなくて職人であるというのが私の感想です。科学的な合理性より、医者としてのルールや与えられた知識の範囲内での経験を優先する方が多いようです。
>英語が通じる国なら、世界中どこにでも留学できるのです。
専門が同じなら言葉は大きい壁ではありません。私はドイツ語は大学で習ったきりで会話は全く自信ありませんが、専門のエレクトロニクスに関する限り英語を話さないドイツ人と意思の疎通はできました。
日本人の臨床医師が英語を話さない理由は自分達の技術が世界のトップレベルに達せず市場価値がないことを自覚しているからだと思います。我々の技術のように世界の最先端を行くものがあれば研修の申し込みが殺到し、いやでも英語を話さざるえないでしょう。
>研修の申し込みが殺到し、いやでも英語を話さざるえないでしょう。
逆です。それだったら、どうして日本に来る留学生(研修生)は日本語で話さないんですか?迎える側が相手の言葉に合わせるなんて、本末転倒もいいところです。
>日本人の臨床医師が英語を話さない理由は
また同じことの繰り返しになってしまいますが、コメディカルや患者との意思疎通を行うためです。医師どうしなら、ほとんどテクニカルタームだけなので、日本語も英語もありません。
論文なんて、数式読むのと一緒です。限られた術語、同じ言い回しの繰り返しです。何の困難もない。
しかし、臨床現場では日本語でコメディカルと会話し、患者に説明しなくてはならない。
どうやら、あなたは工学系の技術者のようですが、一般消費者向けの耐久消費財を、使用説明書や表示も含めて、全部英語にしたら、市場に受け入れられると思いますか?もちろん、サポートも英語だけで、海外からIP電話でやるとしたら?
私のコメントのせいで、意図せず、コメントが充実してしまいましたが、
「医者になれる人間というのは、技術者とみても超一流の人間が多い」あるいはそうでないかというのは、
それ自体は実際的には意味のない問題だし、あくまで私の「感想」に過ぎないことなので、ここでは置いておきます。
ただ、私が問題だと思うのは、技術者になれば一流になれたはずの人間が、医者になった場合の社会的損失です。
もちろん、医者が1人増えれば、救われる命というものもあるのでしょうが、経済的に豊かになれば、救われる命というものもあります。
もっと一般化して言えば、国際競争を担う産業から、内需向けの産業に優秀な人材が移動すれば、日本は国際競争に勝てなくなってしまうということです。
a inoueさん
この議論は世界に冠たる日本の工学レベルに対して臨床医学のレベルが世界でどの程度の位置にあるかからスタートしたものです。日本で開発された世界に誇れるメジャーな臨床医術(こういう語句があるかどうかわかりませんが意図することはお判りでしょう)はどれほどあるのですか。
心臓手術一つとっても、日本の医者一人の年間手術件数は欧米のそれの十分の一以下で熟練度が極めて低く、死亡率がドイツの十倍以上あるとドイツの病院で働いて現在東京の医大の教授をなさっている方が仰ってます。
英語は現在lingua francaとなっています。どういう分野であれ世界に誇れるものを生み出した人がそれを世界に伝えるには英語によるしかないでしょう。医学のように多数の人命を救えるものであれば尚更のことです。超一流の医者が英語を話すことは人間としての義務でもあると思います。
>耐久消費財を…..英語にしたら
商品そのものに魅力がなければ英語で説明しても受け入れられません。但し、商品がいくら優れていても、拙い英語の文章だと売れない場合もあります。20年位前のパソコンの説明書は日本語を直訳した冗長なもので、説明書の厚みを見ただけで客はそっぽを向いたのです。
現状、輸出産業全体では生産性は、技術者の単なる量より経営戦略とイノベーションの方が相関性は高いと思います。
戦略(ある目標への資源配分)とイノベーションは、勿論ミクロの問題なので、ほぼuncontrolableですが、規制緩和で政府が企業の背中を押すことは可能でしょう。
なお、経験主義の臨床医学がエンジニアリングであることは同意ですが医師の量と工学的分野の競争力に逆相関性を見出そうとするのは、ちょっと無理がある気がします。