エンフォースメントに関する補足--池尾和人

2009年10月02日 11:18

先の記事に対するコメントの中に、「なぜ立証可能性が難しいのか、それは単にコストの問題です。違法な取り立てに対して、債務の数百倍から数千倍の懲罰的賠償責任が発生すれば、優秀な弁護士が着手金無しで一生懸命面倒見てくれると思います。完全歩合制でね。これは貸し手にとって大きなリスクですから違法な取り立てを行わない事になり、enforcementは保たれます。」というのがありました。

ただし、ここで指摘されていることは、実は経済学者の間では月並みな常識です。


期待コスト=発覚する確率×発覚したときのペナルティの大きさ、ですから、発覚する確率が低くても、発覚したときのペナルティの大きさを十分に大きくすれば、エンフォースメントは可能だというのは確かです。ときどき学生にいう例だと、駐車違反がなかなかなくなりませんが、駐車違反をしたら必ず「死刑」ということにしたら、駐車違反をする人はまずいなくなるはずです。

ただし、人権への配慮ということとかがあって、文明社会では、罪の大きさに見合わない罰を(いわば見せしめ的に)課すことはできません。とくに日本の法制だと、(刑事罰ではなく)懲罰的な課徴金を課すことさえままなりません。米国においては、不当利得の数十倍の罰金を課すことができます。ところがわが国では、不当利得を得た者は、基本的にはその利得分を返還すればいいだけなのです。それでは、(発覚しない可能性がある限り)不当行為はやり得だということになってしまうのですが、そうした経済学者の意見は適法だとしてもらえません。

課徴金制度は、金融商品取引法や独占禁止法において、有効なエンフォースメント・ツールなので、その拡充には(私も微力ながら関与して)努力してきています。その結果、現状では、多少は懲罰的な効果を持つ額を課せるようにまではなってきていますが、発覚確率の低さを補えるようなものになってきているとは残念ながら思われません。内閣法制局の壁は厚いものがあります(政権交代で、何か変化があるかもしれませんが...)。。

改正貸金業法に批判的な人は、よくヤミ金融に言及します。そして、ヤミ金融が存在して当たり前かのようです。しかし、いうまでもなく、ヤミ金融は完全に違法で、犯罪行為です。そうした完全に違法なものも取り締まれないというのであれば、「厳しい取り立て」を取り締まれるわけはありません。20%の上限のときに100%の金利を受け取ったら違反だということですから、金利規制違反の立証は比較的容易です(それでも、中古品の売買に偽装する等の形での脱法行為を摘発するのにはコストがかかります)。それゆえ、ヤミ金融が違法行為をしているという点は明白です。にもかかわらず、ヤミ金融でさえ完全に撲滅するところまで至っていません(本当は、ヤミ金融をしたら、必ず「死刑」ということにすればいいのでしょう...)。

これに対して、「厳しい規制」というのは、何が「厳しい」ものかの定義でまずもめます。そして、明らかに「厳しい」といえるような行為に関しても、したかしないかで争いになります。実際には脅迫まがいの行為をしていたとしても、していないとしらを切ることは簡単です。その立証のためには、すべての会話は録音し、直接のやり取りはすべてビデオに撮るといったことをしている必要があります。したがって、この種の行為規制は、その違反摘発(立証)がきわめて困難であることから、エンフォースメントしがたいところがあります。そうであれば、そうした行為が法律上禁止されていても、行われるし、実際に行われてきたと判断しています。

行為規制で直接に禁止することができないのであれば、そうした行為を行うインセンティブを除去するという対策が考えられます。「厳しい取り立て」を行うにもコストがかかりますから、それに見合う利益が上がるという見込みがなければ行われません。(数量に関わるので立証か容易な)金利上限規制と総量規制が導入されると、取り立てに成功しても得られる利得が少なくなりますから、その分、「厳しい取り立て」を行うインセンティブが弱められます。この観点からは、「厳しい取り立て」を伴うようなビジネス・モデルが成り立たない程度まで、厳し目の金利上限規制と総量規制を入れる必要があるということになります。

しかし、年収の3分の1を超えて貸してはいけないというような内容の総量規制がバインディングする(拘束力をもつ)というのは、そもそもあきれたことです。ほとんどが低所得者層(あるいは貧困層)の顧客に、たとえ利息制限法の金利であっても、年収の3分の1超を貸し付けて、まともな形で返せるというのでしょうか。貸すべき者には貸すが、貸せない者には貸さないという職業倫理(貸し手責任)が守られていたら、こんな総量規制など、有名無実の実効性のないものになるはずです。闘争技術の行使を前提としていなければ、貸すはずがない額です。

[追記]最後の2つのパラグラフを後から追加しました。

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