日本の「国家破産」は起こるか - 池田信夫

池田 信夫

Barron’sの「日本政府が債務不履行に陥る可能性がある」という記事が反響を呼んでいますが、この内容は既知の話です。最近のOECDの対日審査報告書も、日本の財政赤字に警鐘を鳴らしています。「日本政府は金融資産も多いので、純債務は大したことない」という人もいますが、下のグラフ(右側)でもわかるように、政府の純債務は来年にはGDPの100%を超えます。それでも10年物国債の金利が1.3%程度というのは、デフレを勘案しても異常に低い。


これはOECDも指摘するように、日本が貯蓄過剰でリスク態度が保守的な上に、不況で国内に有力な投資先がないという幸運(?)に支えられています。しかし高齢化にともなって家計貯蓄率は急速に下がり、最近はほとんどゼロに近づいています。大部分の資産を国債に投資している郵貯銀行や邦銀も、高利回りを求められるようになれば、国債の残高を減らすかもしれない。

では、Barron’sのいうように日本政府が債務不履行に陥るかといえば、その可能性はゼロと断言していいでしょう。国債の保有者の94%は日本国民であり、個人金融資産は1500兆円あります。いざとなれば増税すればよいので、ロシアやメキシコのように国家全体のバランスシートが赤字になっている国とは違います。

とはいえ、IMFの報告によれば、財政赤字を維持可能にするにはプライマリーバランスの赤字を半減させる必要があり、この控えめな目標を実現するだけでも2014年までにGDP比14.3%の債務削減が必要になります。これを消費税(税率1%でGDP比0.4%)だけでまかなうとすると、約35%増税して消費税率を40%にしなければならない。消費税を2%上げただけで内閣の倒れた日本では不可能でしょう。「隠れ財政赤字」といわれる年金債務も500兆円以上あり、これを加えると個人金融資産はすべて国家に没収されることになります。

つまりバランスシートから見ると、政府債務の履行は算術的には可能ですが、政治的には不可能に近い。政治的に可能なのは、インフレです。国債を日銀に引き受けさせて通貨を増発し、3%のインフレを5年間続ければ、実質的な債務は15%減る計算です。国債の日銀引き受けは財政法で禁じられているが、国会決議があれば可能です。もちろんこれも政治的には非常に危険で、日銀は強く抵抗するだろうし、内閣が倒れる可能性もあります。

現在の政府債務が維持可能ではないことは専門家の一致した意見なので、問題はいかにして低いコストで財政赤字を削減するかです。この点で民主党政権が「無駄の削減」を掲げているのは結構なことですが、これも子ども手当などのバラマキ福祉で相殺されるのでは何の意味もない。

今のところ日本経済でインフレを心配する状況にはありませんが、世界的な財政赤字の膨張で長期金利は上がり始めており、投資家が国債を投げ売りし始めたら価格が暴落し、それが実物資産などへの逃避を呼んでハイパーインフレになるリスクもあります(これは政府債務を減らす上では望ましいのですが)。政府は、現在の国債金利が維持不可能な「バブル」であることを銘記して、政府債務を削減する長期計画を立てる必要があります。

コメント

  1. kazikeo より:

    私の同僚の櫻川昌哉氏が、学習院大学の細野薫さんとの共同研究を基に、「財政破綻速報」を出しています。
    http://web.econ.keio.ac.jp/staff/masaya/index.html
    今年の最初の時点で、財政が破綻する確率は94.58%とのことです。鳩山政権下での財政見通しが出れば再計算が行われることになると思います。

    なお、このテーマに関するコラムを私も『東洋経済』に書きましたが、出るのは次の号(12日発売)です。ウェブと違って活字メディアは時間がかかります。
    --池尾

  2. 池田信夫 より:

    財政破綻はwhetherではなく、whenおよびhowの問題だということですね。私はこの記事にも書いたように、インフレしかないと思いますが、このためにはインフレ期待を起こす必要があります。「無責任な金融政策にコミットする」方法として、亀井静香氏を日銀総裁にするというのはどうでしょうか。なんか面構えもムガベに似てるし・・・

  3. hogeihantai より:

    link先拝見しました、試算の前提である、2008年以降のGDP成長率見通しが余りにも楽観的で、再計算すれば、破綻確率は100%間違いなしでしょう。インフレ期待が起これば、資本の逃避も起こり、円は急落するのでは?両先生はいつもフリーランチはないと仰いますが、インフレも奇策で、副作用が大きすぎるのでは?

  4. disequilibrium より:

    その94.58%というのは、ざっとリンク先のPDFなどを読んでみたところ、増税や歳出削減、インフレ政策、徳政令的な政策を考慮しない数字であって、それでも内閣府が発表した数字よりは精度が高いという点が論旨になっていると思うのですが(違っていたらすいません)
    まあ、hogeihantaiさんの言うように、GDP成長率が楽観的に見えるというか、GDP成長率は予測不能なので、その算定方法にしても甘いと思うのですが、
    単純に「財政が破綻する確率」と捉えて見るのはちょっと乱暴な気がします。

    というか、ハイパーインフレや緩やかなインフレで財政赤字を相殺するのは財政破綻に含まれるのですかね?

    それにしても、増税だけで今の借金を返すのはとても無理で、ある程度のインフレは必ず必要になると思います。

  5. kazikeo より:

    財政破綻が起こる条件を経済学的に定義するのは、難しい。そこで、櫻川さん達は、100年後になっても政府債務の対GDP比率の発散を止められていない(現状よりも比率が高くなっている)確率をもって財政破綻確率としているようです。

    この研究の要旨が日経新聞の「経済教室」に出た後に、100年後のことを予想しても仕方がないといった(的外れな)批判がネットにいくつか出ていたようです。しかし、100年後でもダメだということは、現在から5~10年後については当然に out of control 状態が続いているということですから、いつ不測の事態になってもおかしくないということです。

    なお、インフレも、インフレ税という言い方をしたりしますが、本質は増税と同じです。財政赤字分は必ず国民負担になります。問題は、財政赤字の恩恵を受けた国民と負担を追う国民の世代が必ずしも同じではないというところにあります。
    ーー池尾

  6. 池田信夫 より:

    誤解されると困るので野暮な補足をすると、2のコメントは冗談ですよ。

    しかし数十%の増税や歳出削減が不可能な以上、政府債務を減らす方法はインフレしかないでしょう。もちろんこれは大混乱と不公平をもたらしますが、たぶん他には方法がないと思います。

    ただ、ゆるやかなインフレで止まるかどうかはわからない。亀井総裁になったら、ジンバブエみたいに200万%とかになって、日本経済が「焼け跡」から出直すにはいいかも・・・

  7. a_inoue より:

     もっとも副作用が少ない債務削減は、公的年金の清算でしょう。
     そもそも、何歳でいくら払うなんて「約束」を政府はしたわけじゃないのだから、突然、給付を止めても、約束違反にはならないし、年金を担保にした債務やローンなんて存在しないから、信用不安にもならない。
     一方、国債をデフォルトしてしまうと、それを資産として保有する銀行やファンドが破綻してしまう。