成長戦略と労働生産性--池尾和人

2009年11月20日 09:40

マンキューのいう経済学の10大原理の1つに
  (8)一国の生活水準は、財・サービスの生産能力に依存している
というものがある。すなわち、(少なくとも物的な意味での)豊かさは、人口一人あたりの産出量で決まるということである。

人口一人あたりの産出量=労働者一人当たりの産出量×(労働人口/総人口)であるが、労働人口/総人口は労働力化率と呼ばれる。とりあえず労働力化率を所与とすると、労働者一人当たりの産出量(即ち、労働生産性)の大きさが、その国の(少なくとも物的な意味での)豊かさを決めることになる。


そこで、労働生産性をyと書くことにすると、
  y=A・f(k)
のような関係を想定することができる。ここでkは、労働者一人当たりの物的資本の量(即ち、資本装備率) であり、f(k)は、kが増えると増加するが、その増え方は低減するような関数である。

要するに、労働生産性の世界各国や各時代における大きな違いは、資本装備率の違いによるところがある。資本蓄積が進んでいて、労働者一人当たりの物的資本の量が大きい国の方が労働生産性が高くなるといえる。しかし、労働生産性の差のうち、資本装備率の違いっで説明できるのは、その約1/3に過ぎない。

残りの約2/3は、上の式でAと書いた係数の差に起因する。この係数は、全要素生産性(TFP)と呼ばれているが、その正体はよく分かっていない。ところが、こちらの方が労働生産性の決定要因としてより重要なのである。

最近「成長戦略」という言葉がよく使われるようになったけれども、その意味はいま一つ不明確である。しかし、あえていうならば、このAの値を向上させるための包括的で一貫性のある計画を意味するものとして、成長戦略という言葉は理解できよう。

成長会計として知られているように、経済成長率は、定義的に、労働投入量の増加率と資本投入量の増加率の加重平均にAの増加率を加えたものである。したがって、前者の労働や資本の投入量を増やして成長を図るという途も考えられないわけではないが、いまの日本では現実関連的ではない(もちろん、大量の移民労働力を導入するというようなことを考えるならば、話は別である)。現状で成長促進として意味のあるのは、後者のAの改善である。

しかし、既述のようにAの正体はよく分かっていないので、政府が意図して影響を与えることが出来るかどうかについて、確定的に述べられることはあまり多くない。すなわち、成長戦略が求められているという声は多いが、意味のある成長戦略の立案はきわめて困難な作業だと考えられる。この意味で、政府に成長戦略を求めるというのは、実は無い物ねだりに近い話かもしれない。

とりあえず、最近の経済学で、Aの値に影響を与える要因として注目されているのは、
(1)人的資本の質
(2)研究開発投資、無形資産投資
(3)制度環境、文化
といったものである。

同じ時間の労働でも、熟練した労働者が働いた場合と、未熟練の労働者が働いた場合では、当然に成果が違ってくる。同様に、国民の多くが高い水準の教育を受けている国と識字率が5割にも達しないような国では、労働力の質に違いがあり、そのことを反映してAの値が違ってくると考えられる。これが、(1)の話である。

すると、教育に力を入れることによって、労働生産性を改善できる可能性があることになる。自国の生産フロンティアが世界の先端のそれよりも遅れている(発展途上の)段階では、輸入技術を受容し活用できる能力を高めることが肝要なので、初等中等教育に重点的に投資を行うことが望ましい。アマルティア・センは、日本がまだまだ貧しかった頃から義務教育の実施などに優先的に資源を割いてきたことを賞賛しているけれども、そのことは成長戦略としても正しかったということができる。

しかし、自国の生産フロンティアが世界の先端のそれにほぼ近接した(先進国化した)段階では、独自の開発能力を高めることが不可欠になる。この場合に、投資の重点を初等中等教育から大学院教育といった面にシフトとさせていくことが成長戦略上必要になるが、このことには、いまのところの日本は失敗しているといわざるを得ない。逆にいうと、この部分の失敗を是正する方策を講じることは、成長戦略たり得ると考えられる。

長くなりすぎるので、(2)と(3)に関わる話は、別の機会に留保したい。今日の段階で確認してもらいたいのは、何らかの形で(直接的ではなく、間接的でもいいから)Aの値を高め、一国の労働生産性の向上につながるようなようなものでなければ、成長戦略として意味がないということである。

そうであれば、一国の労働生産性を向上させるにはどうすればよいかという観点から発想して成長戦略を構想するのが近道なのではないだろうか。

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