ネットワーク・ニュートラリティーの議論 - 松本徹三

2010年02月25日 10:00

IT産業のバックアップを受けて誕生したオバマ政権は、IT業界の主張する「ネットワーク・ニュートラリティー政策」の実現に向かって着々と布石を打ちつつあり、これによって種々の制限を受ける可能性のある通信業界は戦々恐々です。


「ネットワーク・ニュートラリティー」とは、一言で言えば、「通信回線は一定料金でその伝送能力だけを提供すればよいのであり、伝送されるサービスの内容について、色々な差別をしたり、制限を加えたりしてはならない」というものですから、一見当然のことのように思えますが、実はそう簡単なものではありません。

IT業界の人達は、「ビットはビットじゃあないか。音声だとて、映像だとて、必要なビット数に対して金を払えばいいんだろう?」と考えるでしょうし、光ファイバーなどでつながった有線回線ならこの議論も通じるのですが、キャパシティーの制限が格段に大きい携帯電話用の無線回線などでは、これは全く通用しない議論です。

現実に、今の携帯電話回線は、容量の30%以上が僅か3%のヘビーユーザーによって占拠されていますし、10%のユーザーの使用量は全体の60%を超えます。こういうヘビーユーザーが更に増えると、緊急の電話やメールがつながらなくなってしまうという不都合が起こるのです。

通信設備というものは、一旦施設すると、使用量が設計容量一杯になるまでは、使っても使わなくてもコストは殆ど変わりませんが、この限界を超えると、新しく設備を増強しなければならなくなり、突然膨大な投資が必要になります。特に携帯通信の場合は、「何時でもどこでもつながる」というのがサービスの生命線ですから、全国規模でこれを広げるとなると大変なことです。

それ以上の問題として、このままでは、そもそも周波数自体が足らなくなってしまいますから、大都市部などでは一つの基地局でカバーする地域をどんどん細切れにしていかなければならなくなり、そうなるとアンテナを設置する場所を借りるだけでも大仕事になってしまいます。

新しい技術を広めたい技術屋さんや機器メーカーは、いつもその技術が可能にする能力の最大値を宣伝する傾向があり、ジャーナリストもいつもその尻馬に乗るので、相当の知識を持った方々でも、「第4世代と呼ばれる次世代の携帯通信技術を使えば、無線でも光ファイバー並みの能力が得られる」と勘違いしておられるようですが、勿論そんなことはありえません。

第4世代携帯通信に関する最近のNTTの研究所の発表などは、よく読んでみると、「送受信機の双方にアンテナを12本つけて、大量の周波数を一人のユーザーが独占した場合、瞬間風速でこれこれのデータスピードが出せる」ということが詠われていますが、専制君主がユーザーでない限りはそんな非現実的なことは出来ないのですから、そもそもそんなことを発表したり報道すること自体が無意味と言わざるを得ないのです。

結論を言えば、無線通信にはシャノンの法則と呼ばれる「越えることの出来ない壁」があることが知られています。つまり、一定の周波数では一定のデータスピードしか出せない(言い換えれば一定のデータ通信容量しかまかなえない)のです。そして、その一方で、地上での通常の無線通信に使える周波数はたかだか5ギガヘルツ程度までの低いものに限られ、これをその地域内にいる多くのユーザーが共同で使うのですから、通信容量から言うなら、「とんでもない高周波をチューブの中に閉じ込めて、ユーザー一人一人に占有させる」という「光アクセス回線」等とは比べようもないのです。

つまり、「携帯(モバイル)通信」というものは、「何時でもどこでも使える」という利点の見返りに、「膨大な設備投資をしても、限られた容量しか確保できない」という制限を背負ったものであり、それ故に、各通信事業者が色々に工夫して、「時と場合によっては『相対的に価値の乏しい(不要不急の)ビット』を拒み、『どうしても対応しなければならないビット』に優先権を与える」ということをしなければならなくなるということなのです。

オバマ政権内部でも、ようやくこのようなことに対する理解は高まりつつあり、「有線と無線では扱いを変える」ことの必要性を考えはじめつつあるようです。一方では、携帯通信については国境を越えてルールを共通化する必要性も高いので、ワシントン(FCC)とブリュッセル(EU)の間では既に相当の議論の交流もあるようです。

有線と無線のもう一つの違いは、競争の現状です。携帯通信については、世界各国で「ほぼ公正競争が実現している」という理解が一般的であるのに対し、有線通信の世界では、「自然独占」になっているケースが結構多く、これも「有線と無線ではルールを変えた方が良い」という議論の一つの根拠となっています。

「ネットワーク・ニュートラリティー」の議論は、日本もやがては埒外というわけには行かなくなるでしょうが、歪んだ知識が間違った結論を導き出してしまうというようなことがないように、ここでも「幅広くオープンな議論」を求めていきたいと思います。

また、通信業界内部でも、際限なく広がっていくユーザーの欲求に応えるために、これまでの考えにとらわれない柔軟な発想へと、自ら転換していく必要があります。

例えば、EUの域内では、LTE(日本では「3.9世代」と呼ばれ、日本以外では「第4世代」と呼ばれている新しい携帯通信標準技術)の新規施設については、業界内部での「施設の重複」によるコスト高を招かないように、競合する各社がネットワーク施設を共有することが既に決められています。日本でも当然あってよい議論だと思います。

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