貨幣数量説の敗北と勝利 - 池田信夫

2010年03月13日 11:24

インフレ目標をめぐる議論も、不発に終わったようですね。飯田泰之氏は、まだ「インフレが起こると皆を確信させるための方法を考えている」状態だそうだから、政策提言するのは、ちゃんと結論が出て効果が実証されてからにしてください。インフレを起こす方法も知らないのに「日本経済の問題がかんたんに解決できる」などと宣伝するのは、自己啓発と同じ詐欺商法の一種ですよ。


そこで、こういう論争が延々と続く背景を少しおさらいしておきます。実は、この問題は90年代前半の「翁・岩田論争」からずっと続いている話で、後者の系列が今なおリフレ派として残っているのです。さらにさかのぼると、これは1960年代の貨幣数量説をめぐる論争に始まります。日本では、いまだに「ケインジアン対マネタリスト」などという人がいるが、それは70年代に終わった話。この論争は簡単にいうと、

 MV=PT

という貨幣数量方程式によって物価水準が説明できるかという話です。ここでMは貨幣量、Vは流通速度、Pは価格、Tは取引量。フリードマンなどのシカゴ学派は、物価はMによって決まるので、中央銀行はマネーストック(M)を実質成長率(Tの増加率)と同じk%だけ増やせば物価は安定すると主張しました。このためにはVが一定でなければならないが、実証的にはVは好況では上がり、不況では下がるので、MとPの間に安定した関係はない。

つまり磯崎さんも指摘するように、中央銀行がマネーストックをコントロールする能力はきわめて限定的なのです。この点はフリードマンも認め、今ではk%ルールを採用している中央銀行はない。そんなわけで中央銀行が物価水準を自由自在にコントロールできるという貨幣数量説は30年ぐらい前に消滅したのです。

それに代わって出てきたのがインフレ目標です。これは広く認められており、1~2%程度の目標が(実現できれば)望ましいということを否定する経済学者はほとんどいない。リフレ派とそれ以外の(大多数の)経済学者の意見がわかれるのは、ここから先です。リフレ派は、目標は必ず実現できるので、中央銀行にそれを実現するよう強制せよと主張する。しかし今回の経済危機でも明らかになったように、中央銀行がデフレをインフレにすることは不可能なので、FRBなども拘束力のないinflation objectiveという言い方をしています。

そんなわけでフリードマンはマネタリストとしては敗北しましたが、マクロ政策全般については勝利を収めました。それはケインズ的な財政政策は、短期的には失業を減らすが、長期的には人々の予想が修正されると自然失業率に戻ってしまうという理論で、これが現在のマクロ経済学の基礎になっています。

いいかえれば、長期的には貨幣は中立で、インフレやデフレによって実体経済の水準を変えることはできないのです。デフレは確かに好ましいことではないが、多くの国民がそれを織り込んで行動すれば大した問題ではない。それより問題は、実体経済の成長率を上げることです。磯崎さんもいうように、

死にかけならともかく、体がだるい程度で財政支出といった「クスリ」に頼って運動しないでいたら、いつまで経っても隅々まで血液が通う健康な体にはなれない。というわけで、一発逆転ホームランの妙案というよりは、継続的に体を鍛えましょうという地味で時間がかかる方法ではありますが、そういう方向性が正攻法ではないかと思う次第です。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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