これから始まるトヨタの闘い - 北村隆司

2010年03月31日 23:31

熱し易く冷め易い国民性が特徴の日本では、800万台以上ものリコールに発展したトヨタの大事件も、報道の沈静化と共に忘れられつつあるようです。この苦い経験から何も学ばずに終って仕舞うとすれば、余りに高い代価です。

米国でも報道の過熱は冷めましたが、日本と異なる米国の訴訟社会でのトヨタの闘いは、これから始まると言っても過言ではありません。


今回の騒動がこれほどまでに大きくなった原因が、車の不具合そのものではなく安全より利益を優先し、極端な中央集権とその隠蔽的な経営体質にあった事は明白です。豊田社長もこの事実を認め「消費者の信頼を取り戻すために、消費者の声にもっと迅速に対応出来る社内組織を立ち上げる」と世界陳謝行脚の中で繰り返し約束しました。

日本の「政治と金」を巡る問題のように「今後は一層の努力をします」で片付けられる程、責任に対する世界の目は甘くありません。過去を水に流す日本社会とは異なり、過去を清算する事から始めるのが世界の流れで、その意味で日本はその対極にある社会とも言えましょう。

訴訟で過去の誤りを清算する傾向の強い米国では、事故や車の不具合の被害者による訴訟から始まり、トヨタの経営陣が誤った情報を与えて損害を蒙ったとする株主訴訟、トヨタの中古価格の急落により財産権を侵害されたと言う所有者訴訟や州検事総長の訴訟など千差万別の訴訟が起され、トヨタは訴訟費用だけで少なくとも3千億円は必要とするだろうと言われる程の事件になりました。敗訴でもしたら途方もない金額に上ります。

正義より金銭を狙う訴訟専門弁護士間の争いも熾烈です。先週、サンデイエゴで開かれた関係連邦地裁の判事による訴訟手続きを決める合議には、幹事弁護士の地位を確保しようと150人を超える弁護士が各地から集まりました。正に、蜜に集まる蟻のの如き集団です。

訴訟社会の行き過ぎは本当に困った問題ですが、それ以上に悪質なのが報道機関のやらせと学者のでっち上げです。

デイズニーワールドの子会社で米国4大TVの一つであるABCTVが、電子制御システムの欠陥がトヨタ車のエンジン回転の急上昇を招く恐れがあるとする、南イリノイ大学ギルバート准教授による実験の様子を、急加速するトヨタ車の映像と同時にエンジン回転数の急上昇を示すタコメーターの映像を盛り込んで報道しました。

 しかしタコメーターの映像は、実際には停止状態のトヨタ車のもので、急加速するトヨタ車とは無関係だった事が判明、トヨタの抗議を再三拒否したABCも「走行中の車では、うまく撮影できなかった。映像編集に関して誤った判断をした」としぶしぶでっち上げを認めました。

一方、議会でトヨタの欠陥を指摘して得意げであったギルバート準教授は、彼が議会で証言した実験が利益を目的とした消費者運動事業から金銭を受領して行った事実やABCTVの映像問題で詰問されると「映像は半分しか見ていないのでコメント出来ない」と言い、その後マスコミの舞台から姿を消しました。

今回のABC報道は、1992年に起こったNBCのでっち上げ(GM製トラックの燃料タンクに爆薬を仕掛けて爆発させた映像を放映し、燃料タンックの設計ミスがあると報道し、GMに訴訟された)事件に匹敵するあくどい仕業です。ABCの報道に抗議して、一部のトヨタの販売店がABCへの広告停止を宣言した所、報道仲間の著名なコメンテーターが「ボイコットは非米的だ」と見当はずれのマスコミ弁護をするなど、米国マスコミの傲慢と腐敗振りや映像をでっち上げてまでして利益を追求しながら、お咎めがない事は日本と同じとは言え、「言論の自由」の悪用としか言い様がありません。

百害あって一利ないマスコミのでっち上げに比べると、行き過ぎと思える訴訟社会が、社会に多くのメリットを還元した事は否定できません。日本で流行りの「安心、安全」の保証も、訴訟社会米国が先駆者でした。(尤も、私は、個人の主観である「安心」と客観的な評価ができる「安全」を混同する事はナンセンスだと思います。米国でも個人の「安心」に政府が関与することはありません)

玩具の安全、顔料やペンキ用の重金属禁止、アスベストス禁止、薬害防止、リコール制度等々、今では当たり前の安全対策の陰には多くの訴訟がありました。タバコ問題ではフロリダとテキサスの訴訟では夫々1兆円を越える罰金判決が出て、訴訟弁護士事務所がその15%を受けて大きな問題になった事もありましたが、各州が得た損害賠償金と保険費用の節減も莫大でした。

又、米国の消費者の安全確保への道は険しく、永いものでした。消費者の目線で安全を検査する団体として、アマハスト大学の教授を中心にした市民が消費者連盟を設立したのが1936年。発足間もない消費者連盟を企業側の脅威と考えた議会は、非米活動と認定して圧力をかけました。

圧力に抗して法廷闘争を続けて復活したこの連盟は、現在でも消費者のバイブルとも言えるコンシューマー・レポートを、広告を排除しながら発刊し続けています。政治権力が消費者運動に圧力をかけた歴史に学んだ米国は、1972年に政治から独立した機関として米国消費物安全委員会を設立して今日に至っています。米国に40年遅れで出来た日本の消費者庁は、政治に深く拘った機関ですが、どちらの理念が消費者の立場を守るか、今後の動きを注意深く見守りたいものです。

最近のレポートやデータを読むと、米国でのトヨタ車の信用は回復基調にあります。問題はトヨタの経営です。トヨタが一連の訴訟に泣き寝入りせず、非は非として認め、でっち上げには断固として闘う事で、田舎侍のトヨタから世界のトヨタの経営力を誇る企業に脱皮して欲しいものです。米国でのトヨタ生存の闘いは始まったばかりです。

訴訟のない日本は穏やかである反面、八百長が起こり易く、対外競争に弱い体質を生みます。日米密約の疑いをいち早く報じた元毎日新聞記者の西山氏は、政府の密約が今まで全く追及されてこなかった遠因として「日本の構造や日本全体を覆っているグレードの低さが問題で、司法も政府権力もマスコミも、そして主権者の政治意識も全部その中に入ってくる」と言われた由。トヨタの慢心が生んだ消費者の安全問題でも、これに似た事が言えるのではないでしょうか?

ニューヨークにて 北村隆司

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