世界の携帯通信事業者による「API統一」への動き - 松本徹三

2010年04月13日 09:05

この原稿は、WAC(Wholesale Application Community)という、世界の携帯通信事業者が新たに生み出した組織の会合が行われたフランクフルトから送っています。このWACという組織には、世界の主要な事業者の殆どが加入する筈ですが、現時点では、欧米日の事業者7社で構成するSteering Committeeが、その運営計画の骨子を固めるために日夜協議を続けているところです。この7社のうちの2社はソフトバンクとドコモです。


最近、突然「SIMロックの解除」という言葉が脚光を浴び、多くの議論がなされていることに違和感を持つ人達は多いでしょうが、これが2007年に一旦凍結された議論の解凍であるといわれると、それでは2007年の議論は何だったのかということを理解したいと思われるでしょう。従って、今日は、「SIMロックの解除」などという矮小な問題ではなく、「携帯端末向けの種々のデータアプリケーションが、どのように作られ、そのように利用されるべきか」という問題を、広い視野で捉えて、その歴史と将来への見通しについて語りたいと思います。前述の「WAC」の誕生は、このことに深く結びついているからです。

第一世代と呼ばれるアナログの携帯電話システムが、デジタル方式の第二世代に移行するとき、欧州生まれのGSMというシステムが世界市場で大成功を収め、この後継となる第三世代では、米国生まれのCDMAという技術が、このGSMのシステムの中に取り込まれていったという歴史については、既に先々回の私のブログで説明しました。

第二世代の携帯電話は、デジタル方式とは言うものの、データ通信の能力が限られていたため、使えるデータアプリケーションにはたいしたものはなく、せいぜいメールとブラウザぐらいでした。メールについては、GSMでは、SMSという「電話番号を使った簡易メールシステム」が瞬く間に世界中で利用されることになりましたが、より高機能のMMSは、まだあまり普及していません。(そして、その間に、日本は独自の方向に進んでしまいました。)

ブラウザについては、WAPという世界標準が定着し、ドコモが世界に先駆けて開発した「iモード」という独自の優れたエコシステムも、第二世代のWAPに準拠しています。(尤も、このWAP方式は低速のデータ回線を前提としたもの故、最早時代遅れとなっており、AJAXなどに代表されるインターネットプロトコルがこれに変わりつつあります。)

米国のサンマイクロシステムズが開発したJAVAは、シンクライアントの思想に基づいて考え出されたもの故、生まれながらのシンクライアントである携帯端末で広く利用されることにより、一気に市民権を得ました。米国のクアルコムが開発したBREWというエコシステムも、ネイティブ言語をそのまま扱うことで高速性を実現し、ゲームなどのアプリケーションで一定の成功を収めました。

しかし、今後の多種多様なアプリケーションを考えると、端末上の限られたJAVA環境やネイティブ環境だけではどうにもなりません。ブラウザの進化形態のひとつであるWidgetをはじめとして、種々の機能が携帯端末上で花咲こうとしている現在の状況下では、携帯端末自体が独自のOSを持つことが、どうしても必要と認識されることになりました。これが所謂「スマートフォン」の始まりです。

このハシリは、英国生まれのPDA(あ、これって、もうすっかり懐かしい言葉になってしまいしたね)であるザイオンの流れを汲む Symbian OS であり、世界最大の携帯端末メーカーであるノキアが強力に推進しました。ビジネスマーケット向けには、米国のRIM社が開発したBlackberryが市民権を得ました。しかし、本命と思われていたマイクロソフトのWindows Mobileは、あまり成功しませんでした。BREWが本格的なOSへと発展していく可能性もないではなかったのですが、チップベンダーであるクアルコムは全方位外交の方が得策と判断し、この路線を取りませんでした。

こういう動きの中で、携帯端末の究極のOSはLINAXだろうというのが、一般の見方だったのですが、LINAXは自然発生的なもので、強力に推進する母体がなかった為、互換性のない色々なOSが乱立することが危惧されていました。このため、ドコモとボーダフォン、モトローラ、サムスンなどが中心になり、LIMOという組織も作られましたが、現時点では力を失いつつあり、グーグルが巨額の資金をつぎ込んだ無償OSのアンドロイドが、世界中の端末メーカーの支持を受けて、結局はLINAXの代名詞になりつつあります。

ところが、ここに彗星のごとく現れ、一気にトップの座に躍り出たのが、アップルのiPhoneです。アップルは、というよりは、一代の傑物であるSteve Jobsは、iPodによる音楽配信事業での大成功を足がかりにし、長年パソコンで培ってきた技術を駆使して強力な携帯端末用のOSを開発、アプリケーションの流通システムも同時に整備して、「iPohneの世界」を一気に世界に浸透させました。

やや遅れて、台湾のHTC、モトローラ、ソニーエリクソン、サムスン、LG等(ここでも、悲しいかな、日本メーカーはまた一歩遅れました)のアンドロイド端末と、グーグルのエコシステムがこの後を追っていますが、画面の美しさと圧倒的な使い易さを誇るiPhoneの優位は、しばらくは続くことになるでしょう。

先にも申し上げたように、「携帯電話機」は最早「携帯インターネットマシンで」あり、多くの局面でパソコンに取って代わりつつあります。今話題のiPadに代表されるような「大画面バージョンの携帯インターネットマシン」、即ち「スマートブック」は、この動きを更に一気に加速させるでしょう。

私は、先々回のブログで、ユーザーの求める価値は、「端末機」「サービス・コンテンツ」「通信ネットワーク」が三位一体となって創り出されるものであることを強調し、日本ではこの中心に携帯通信会社がいるという事実関係をご説明しました。

これに対し、自ら端末機メーカーであるアップルは、サービス・コンテンツの流通システムでもヘゲモニーを握り、今や世界の携帯通信事業者を意のままに操る存在になっています。そして、一方のグーグルは、無償OSのアンドロイドで世界中の端末機メーカーと強固な関係を作り、世界中の携帯通信事業者との関係についても模索中です。

それでは、世界の携帯通信事業者はどのように考えているのでしょうか? 彼等は、「電話や簡易メールから得られる収益は既に頭打ちであり、今後は更に減少するだろう」と予期しており、一方では、今後の大きな収益源となる可能性のあるデータサービス事業が、アップルやグーグルのような会社に独占され、自分達は単なる「土管屋」に落ちぶれてしまうことを危惧しています。「巨費を投じ、大変な苦労をして全世界の津々浦々までネットワークを作っていったのに、おいしいところは全てアップルやグーグルに持っていってしまわれるのでは、たまったものではない」と考えているのです。

しかし、一方で、世界の携帯通信事業者は、自分達の持つ強みもよく理解しています。それは、ネットワークの運営と一体化した「総合的な顧客サービス体制」と「料金徴収システム」です。グーグルのEric Schmidtもそのことを認め、今年の2月にバルセロナで行われたGSMAの会合でも、「グーグルと携帯通信事業者はwin-winの関係を結ぶことが出来る」と、盛んに強調していました。

世界の携帯通信事業者は、これまで力を入れてこなかった携帯端末の開発と流通の分野でも、心を入れ替えて、もっと努力しようと考え始めています。つまり、日本でうまく機能しているエコシステムの現実に、一歩近づこうとしているのです。通信回線を長期間使ってくれる保証(その為にはSIMロックがどうしても必要です)の見返りに、高機能化で高騰している端末機の売値を大幅に下げようとしているのも、その一環です。

話は、ここで、冒頭のWACの話に戻ります。WACが先ずやろうとしているのは、世界中の携帯通信事業者が力を集めて、どんなOSを使ったどんな携帯端末の上でも動くようなサービスやコンテンツを、世界中の開発者が容易に且つ安価につくれるような環境を整備し、且つ、そういったサービスが携帯通信事業者の手によって流通できるようなシステムを構築するということです。世界中の各携帯通信事業者は、それぞれにアップルやグーグルとの友好関係を模索しながらも、彼等に全てを支配されるわけには行かないと考えているので、このような考えが出てくるのは当然の帰結だったと思います。

具体的には、端末とサービスを結びつけるAPIと、サービスとネットワークを結びつけるAPIを規定して、全世界の通信事業者の間で統一が取れるようにしようということです。そして、前者については、サービスの開発者向けの開発ツール(SDK)と、端末機側でこれをサポートする為のミドルウェア(WRT)を、それぞれ無償で提供することが必要です。

実は、最初にこのような考えを持ったのは、ソフトバンクが、ボーダフォン(英)、ベライゾン(米)、チャイナモバイルの3社との合弁で、数年前に作ったJILという会社でした。JILはJoint Innovation Laboratoryの略で、この会社は、「何でも面白そうなことがあれば、4社で一緒にやろうよ」という趣旨で設立されたものですが、その最初のプロジェクトがWidgetに関するものだったのです。

一方、WACの方は、今年の2月に、テレフォニカ(西・英)、ドイツテレコム(独)、オレンジ(仏)、AT&T(米)、ドコモ(日)の5社が中心となり、合計12社がとりあえずMOUに署名することによって成立したグループです。(会社設立は本年6月頃の予定。)

WACはもともとはJILを意識してこの対抗軸として構想されたものですが、そういうことなら、同じような考えを持ったWACとJILの2社が並列することは、全く意味がありません。こんなことになれば、アプリケーションの開発者も端末ベンダーも迷惑します。そこで、JILは、Widgetに関係する活動を分離して、その部分についてはWACに合流することを決めました。こうして、12社プラス4社(JILのメンバー)に、更に世界の主要通信事業者8社が参加して、合計24社が署名したプレスレリースが、今年の2月にバルセロナで行われました。

この文章の冒頭に書いたSteering Committeeは、WACの提唱者であった5社に、JILを代表するボーダフォンとソフトバンクが加わった合計7社で構成されていますが、多くのことが次々に合意されていっており、7社間の考えの違いは今のところ殆どないことが分かりました。ドコモもレベルの高い人達を送り込んできてくれている為、私もここでは「ドコモが最も頼りになる存在である」という気がしている程です。

さてさて、話はまた元に戻り、それでは2007年の時点で日本の総務省が各通信事業者に働きかけたことは、どういうことだったのでしょうか? それは決して悪いことではありませんでした。それは、一口で言えば、「通信事業者がネットワークを運営しているという『寡占的な立場』を不当に利用して、サービスやコンテンツを囲い込み、開発者を締め付けてその自由な活動を阻んではならない」という趣旨から出たものでした。

今話題になっているSIMロックの問題もその時に俎上に上がったのですが、これは少し異質の問題であっただけでなく、KDDIが独自の通信システムを使っている状況下では、「仮にどんな制限が課せられたとしても、KDDIだけが制限を受けないということになってしまい、甚だしく不公平」という、取りあえずは唯それだけの理由で、議論そのものが凍結されることになりました。

(率直に言えば、「この時に安易に凍結の結論を出すのではなく、一応の本質的な議論もきちんとしておけば、今回のような混乱は生じなかったのに」と悔やまれますが、それは、私自身も含め、当時この一連の議論に携わった関係者の責任です。)

SIMロックの問題が何故異質かといえば、これが、ネットワークと端末機を「商業的な見地から紐つける」為のものであって、全体のエコシステムをオープンで効率的なものにしようという現在のWACなどの取り組みとは、全く関係がないものだからです。更に言えば、当時から総務省が心を砕いていたことは、まさに今WACなどの活動によって具現されようとしているということです。

私が危惧しているのは、日本の「政」と「官」が、世界で日々起っていることの本質について、必ずしも正確に理解しているようには思われないことです。にもかかわらず、もし民間の通信事業者がやっていること、これからやろうとしていることに、国が色々な制限を加えようとするなら、それが如何に善意から出ているものであっても、日本をまたあらためて「奇妙な鎖国状態」に追い込むことになりかねません。

日本という小さな市場での通信事業者間の競争も熾烈ですが、それに加えて、世界での「エコシステムのヘゲモニー争い」は更に熾烈です。日々その競争にさらされている我々通信事業者は、それ程馬鹿でも近視眼的でもありません。ユーザーの利益を少しでも無視したら、より多くのユーザーの支持をとりつけた他の競争者にすぐに打ち負かされてしまうのですから、自己本位の考え方に安住していることなどは、本来あり得る筈もないのです。

「政」と「官」にお願いしたいのは、唯一つ。「どうか、先入観を持たず、我々の声をよく聞いて頂きたい。そして、調査や分析に基づいた科学的な議論を、先ずは徹底的にやらせて頂きたい」ということに尽きます。

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