神の見えざる両手 - 書評 - 共感の時代へ - 小飼 弾

2010年04月29日 17:45

出版社より献本御礼。

最近読んだ中で、もっとも「共感できた」「経済書」。

強い者は生き残れない」とあわせて是非。

本書「共感の時代へ – 動物行動学が教えてくれること」は、経済人および経済学者たちの「ご都合主義」あるいは「片手落ち」を、生物学者の立場から諌めた一冊。

目次

はじめに
1.右も左も生物学
強欲を正当化する「進化」/直感的な道徳判断/親抜き「ベビー・ファーム」/人類の自然な状態/「社会契約」の神話/攻撃性と戦争
2.もう一つのダーウィン主義
自然主義的誤謬/喧嘩を仲裁するチンパンジー/エンロンと「利己的な遺伝子」/ブタの子を育てるベンガルトラ
3.体に語る体
あくびの伝染/対応問題/サル真似の技術/身体化した認知/共感する脳/痛みに同情するマウス/人間を看取る猫のオスカー/ミラーニューロンの発見
4.他者の身になる
同情と共感の違い/慰めの抱擁/「推測する者」対「知る者」 /動物たちの利他行動/赤頭巾ちゃんとオオカミ/「向社会的」なトークン/快い温情効果
5.部屋の中のゾウ
個体発生と系統発生/ イルカの援助行動/鏡を覗き込むゾウ/自分の小さな殻の中で/背中を貸すマントヒヒ/指摘する霊長類
6.公平にやろう
ウサギを狩るか、シカを狩るか/オマキザルの信頼ゲーム/動物たちの行動経済学/動物不在の進化論/公平性の行動規範/最後通牒ゲーム/通貨の価値を知るサル/公平性の二つの面
7.歪んだ材木
入れ子細工のロシア人形/スーツを着たヘビ/共感のスイッチ/見えざる救いの手
謝辞
解説 西田利貞
参考文献

経済(人|学)に最もインパクトを与えた生物学場の概念といえば、なんといっても自然淘汰という概念だろう。それを最も端的に示したのが、以下の台詞。

ウォール街」の Mr. Gecko 曰く – 本書P. 14

強欲は善なのです。強欲は正しい。強欲はうまくいく。強欲は物事を明確に、核心を衝き、進化の精神のエッセンスを捉えるのです。

アインシュタインも”Everything should be made as simple as possible” – 「万事は可能な限り単純化されるべきだ」と言っている。Mr. Gecko の台詞にはオッカムのカミソリのような切れ味を感じる。

が、アインシュタインはそのあとこう続けているのである。

“but not simpler” – 「それを超えて単純化してはならない」、と。

強欲の正しさが「過度の単純化」であることを、実は動物行動学者たちは明らかにしてきた。もし「強欲はうまくいく」のであれば、なぜトラの母に仔豚を与えると、おやつにする代わりに乳を与えてしまうのだろう?なぜオスカーは「おくりねこ」となったのだろう?。

そんな、強欲では説明のつかない行動の根本にあるのが、本書の主題である「共感」(empathy)だ。本書は共感が人間の専売特許ではなく、少なくとも哺乳類と鳥類には一般的に見られる現象であることをこれでもかというぐらい例示している。ネズミですら、他のネズミの痛みがわかるし、オウムでさえ不公平には異を唱えるのだ。

もちろん共感のありようというのは、種によっても異なる。「誰」が何に対してどう共感し、そしてしないかは本書でぜひ確認していただきたい。が、概して「進化」が進むほど「共感」のしかたも「人間的」になることは確かなようだ。共感の欠如も含めて。

よく「動物は無益な殺傷はしない」と言われるが、これは神話に過ぎない。シャチに至っては仔アザラシでサッカーに興じさえする。

むしろ動物の世界でも人間の世界でも、「競争によって強くなる」のではなく、「協調によって強くなった結果、競争するだけの余裕が生まれる」というのが真実なのではないか。「人類の歴史は戦争の歴史」というチャーチルの主張に対し、著者も「戦争がはじまったのは農業の誕生以降」と批判している。日本の古代史もそれを裏付けている。縄文人には戦争をやってるだけの余裕なんてなかったのだ。

それでは、我々は「競争をもてあそべる」ほど強くなったのだろうか。

そうでないのだとしたら、共感という生来の能力にもっと頼ってもいいのではないか。

P. 316

この生まれながらの能力を活かせば、どんな社会も必ずやその恩恵を受けるだろう。

その恩恵が、闘争による恩恵を上回ることだけは確かなのではないか。

Dan the Homo Empathiens

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