政府は東証一部上場企業の賃上げ状況を調査し、賃上げしない企業の社名を公表するそうです。甘利経済再生担当相は「収益が上がっているのに賃金を上げないのは恥ずかしい企業だ」とたびたび発言しています。でも政府が給料を上げろといえば上がるんでしょうか?
社会主義国だったら、国営企業の持ち主は政府なので、経営者はいうことを聞くしかありません。しかし日本は(一応)自由主義経済です。企業は株主のものなので、経営者は政府のいうことを聞く理由がありません。彼らの仕事は、株主の利益を上げることであって、お国に奉仕することではないからです。
甘利さんがこういう変なプレッシャーをかけるのは、アベノミクスと呼ばれる経済政策がうまく行っていないからです。安倍さんの話では、人々が「インフレ期待」をもつと給料が上がって消費も増え、雇用も拡大する「好循環」になるはずでした。ところが実際には、物価が上がったおかげで実質賃金(物価を引いた給料)は1.8%下がり、消費も増えていません。
これは小学生のみなさんにはむずかしいと思いますが、給料(名目賃金)が同じでも物価が1%上がると、給料の値打ちは1%減ります。金額は同じでも、100円で買えた品物が101円出さないと買えなくなるので、インフレになると実質賃金は下がるのです。これは高校生にはわかるはずですが、いい年をした甘利さんにわからないのは困ったものです。
だからインフレで給料を上げるというのは、どだい無理な話です。もし日銀の目標としているように2%のインフレになったら、給料が同じでも2%の賃下げになります。黒田日銀総裁も「賃金も物価も緩やかに上がる世界」をめざすと変なことをいってますが、給料が上がるから物価が上がるのであって、その逆ではありません。
たとえばみなさんが床屋さんに行くとすると、そのサービスの値段のほとんどは店員の給料だから、店員の給料が上がると散髪代も上がります。すべての部門を平均すると、価格の60%ぐらいが賃金なので、10年で給料が10%下がったら、物価が6%ぐらい下がります。これが2000年代に起こった「デフレ」と呼ばれる現象です。
では逆に、物価を上げると給料は上がるでしょうか? 床屋さんの例でいうと、料金を1割上げると、お客さんは他の店に行って売り上げは減るかも知れません。単価が上がっても、売り上げが減ったら給料は上げられません。つまり散髪代が上がっても、給料は上がらないのです(それができるのはカルテルを組んでいっせいに値上げするときだけ)。
だから政府がいくらおどかしても、売り上げの増えない企業は給料を上げません。そんなことをしたら、赤字になってつぶれるからです。甘利さんが賃上げしてほしいのなら、「企業は賃上げしなければならない」という法律をつくるしかありません。そうすれば日本は立派な社会主義国として、中国や北朝鮮にほめてもらえるでしょう。