ギャンブル「曖昧」な対応の日本政府
現在、日本の刑法においては賭博場・カジノが禁じられている。だがそれらを合法化する「IR(Integrated Resort=統合リゾート)推進法案(略称:IR法案、通称:カジノ法案)が自民、維新、生活の3党が中心となって2013年12月に国会提出され、先の通常国会では継続審議となっている。早ければ、今秋の臨時国会で成立する見込みである。
これに備えてカジノ法案が継続審議になっている衆院内閣委員会所属の自民、民主、公明3党の国会議員6人が、シンガポールのカジノ施設視察に赴いていることが明らかになったばかりである(自公民衆院内閣委議員 カジノ視察 合法化法案 審議控え、しんぶん赤旗、2014年7月24日)。カジノ建設の賛否は措いておくとしても、少なくともカジノ合法化を図るのであれば、ギャンブル依存症対策に力を入れるべきではないか。
我が国において賭博場やカジノは非合法であるが、競輪、競艇、競馬等は公営競技として行われている。またパチンコやパチスロは、出玉と景品の交換時に特殊景品と呼ばれる景品を介在させることによって出玉を金銭と交換することを事実上可能にする「三店方式」を導入して事実上のギャンブルとして存続している。そのため、生活圏内に事実上のギャンブル施設が多数存在するという、世界でも稀な状況が続いているのである。
統計からみる深刻さ
ギャンブル依存症はいまや国民病ともいわれ、2009年に発表された厚生労働省の研究調査結果においては、日本の成人男性の9.6%、女性の1.6%、全体平均で5.6%がギャンブル依存症に罹患しているという推定結果が出された。これは他国と比較しても極めて高い数値である。2009年の成人人口(国勢調査推計)から計算すると、男性483万人、女性76万人、合わせて559万人がギャンブル依存症であると推計されるのである。
また国内文献資料では、ギャンブル開始平均年齢20.2歳、借金開始平均年齢27.8歳、これまでにギャンブルにつぎ込んだ平均金額1293万円、ほぼ全員がパチンコもしくはスロットを中心に行っていると発表されている(森山成彬「病的賭博者100人の臨床的実態」、『精神医学』、2008年)。まさに、ギャンブル依存症者の若年齢化が裏付けられているといえよう。
ギャンブル依存症の発症は大学在学期間と重なっており、在学中に発症すると中退リスクが高まると推測される。我が国は、世界一のギャンブル依存症罹患率、それも他国より群を抜いた発症数でありながら、この病気に対する知識も理解もなく、予防教育もなされていない。したがって日本の大学生は気軽にギャンブルに手を出し、親しんでいく。しかもそのうち約1割の学生は、ギャンブルにのめり込み、ギャンブル依存症を発症するのである。
ひとたびギャンブル依存症を発症すると、当事者はギャンブルのこと以外はどうでもよくなり、勉強や研究、サークル活動や、友人付き合い等の学生生活に支障を来す。また借金を重ねるようになり、その重圧から抑うつ状態となってひきこもりなどの二次的な問題も発生する他、万引きや、窃盗といった犯罪行為に走ることも珍しくない。こうしたギャンブルによる複合的な問題が重なりあい、大学中退を余儀なくされるのである。
社会人の場合は、問題はさらに深刻となる。ギャンブルが関心の大半を占めるようになり、労働意欲やモラル、作業効率は大幅に低下する。抑うつ状態やうつ病に至ると、長期休職が必要になりうる。さらにギャンブル資金調達のため、使い込みや横領、経費の水増し請求、社員間借金等金銭トラブルなどが起こる可能性が高まる。
これらが原因となった社員の暴力事件など、企業の信用失墜行為がなされることもありうる。ギャンブル依存症者が既婚者や子持ちであった場合は、家族に与える影響はより大きなものとなる。ギャンブル依存症が社会にもたらす経済的損失は、かくも大きいのである。
ギャンブル依存症を含む依存症は別名「否認の病」といい、問題を自覚しにくい病気である。しかも自身の抱える問題を誰にも相談せず隠そうとする傾向があるので、表面化した際には既に重篤化していることが多々ある。また周囲もこの問題に関する知識がないため、間違った助言や管理をしがちである。そのため病気が進行して本人は益々孤立を深める一方、周囲は一向に理解ができず人間関係が破綻していく。
依存症とは、アルコールや薬物などのひとつの物質の摂取を続けたり、ギャンブルのようなひとつの行為をやり続けたりすれば、誰でも罹患してしまう病気である。脳内伝達物質であるドーパミンが深く関わっているため、本人の意思や家族の愛情で容易にやめられるものではない。
しかし我が国では依存症予防教育がほとんどなされていないため、ギャンブルに対する敷居が低く、簡単に依存状態に陥ってしまう。とくにギャンブル大国としてパチンコ、パチスロ等に気軽に手を出し、気がついた時にはやめたくてもやめられない状態になっているケースが多い。
ギャンブル依存症はまさに国民病であるため、国や社会全体での取り組みが急務と考えられる。予防教育を施し、のめりこみすぎないように警告を発するかたわら、のめりこみが見られる場合にも依存症という「病気」に罹患する前段階、依存的問題行動のうちに対策を立て進行を食い止めることで、社会全体のコスト削減につながるのである。
民間の新しい動き—教育による対応
このような問題意識から本年2月に設立されたのが、一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」である。設立を記念して、2014年8月3日(日)に目黒区中小企業センターホールにおいて、「ギャンブル依存症問題を考える会設立記念フォーラム「依存症の正しい知識を得るためには?」-企業、学校における依存症教育の必要性-」が開催された。基調講演として、森田展彰氏(筑波大学医学医療系社会精神保健学准教授)の「日本の企業における依存症教育の必要性」と山元賢治氏(元アップルコンピュータ(株)社長・(株)コミュニカ代表)の「次世代を担う若者たちへ」が行われ、森田氏の初心者にもわかりやすい説明と山元氏の軽妙な語り口に引き込まれつつ、出席者はギャンブル依存症対策の重要性を認識していた。
他にも、日本各地で「ギャンブル依存症基礎講座」の開催が決定している。ギャンブル依存症者ご本人とご家族はもちろん、学校関係者、企業の人事担当者、産業医や産業カウンセラー等、ギャンブル依存症にご関心がある方々のご来場と、社会全体での理解と支援をお願い申し上げる次第である。(講演や講座の詳細については「ギャンブル依存症問題を考える会設立記念フォーラム」を参照していただきたい)
依存症問題に関する取り組みを通じて、「やり直しのきく社会」「生きやすい社会」の実現に向けて活動できれば、なによりの幸いである。プロジェクトは始まったばかりなのだ。
石川 公彌子
研究者(日本政治思想史)