規制改革推進会議によるオークション導入の当面の目標として、筆者は「600MHz帯方策」を提案する(→その1末尾)が、以下では、その背景と効果を説明する。図1はこれまで(地上)テレビチャンネルと移動通信に使用されたVHF帯とUHF帯の電波を説明している。
まず1950年代にアナログテレビが開発され、VHF帯(V-LowとV-High)が1~12チャンネルとして使用された。1970年代になるとUHF帯(470~770MHz)放送が可能になり、13~62チャンネルがテレビ用に追加された。他方、移動通信(携帯電話)は1980年代になって開始されたが、周知のように以後急速に普及し、図1のUHF 800MHz帯他の電波を使うようになった。2000年代に入るとデジタルテレビが実現し、日本では2011年にアナログから移行した。
デジタル技術導入の結果、精細なハイビジョン画面を少ないチャンネル数で放送できるようになったので、同移行時にVHF帯全部と、UHF(700MHz)帯のうち53~62チャンネルのテレビ使用を停止し、跡地計60MHz幅を移動通信用に割当てた。その結果、現在の地上テレビは13~50チャンネル(40チャンネル、240MHz幅、470~710MHz)を使っている(図1の【現在】の行)。他方移動通信には、現在700, 800MHz帯に加え、900MHz帯など高い周波数の電波が割当てられているが、それでも加入者の増加、通信データの増加に追い付かない状態である。スマホなどの利用中に渋滞が生ずることは、多くの人が経験しているだろう。
さて「600MHz帯方策」は、現在のテレビチャンネルを整理して図1では左方にあたる周波数帯に集め、空いた周波数帯(X、図の太線部分)を将来のある時点20yy年から移動通信に移行(オークション割当)するものである。この方策は、米国のインセンティブ・オークションに対応する。米国では議会の決定もあり、UHFチャンネル使用を停止する放送局に代価を支払う方策(インセンティブ)を採用したが、日本では「電波による放送を停止してたとえばケーブルテレビに特化する放送局」はないであろうから、放送局への支払いはチャンネル移動費用の補償に留めるのが適切であろう。
このように書くと読者は、電波の割当において移動通信をことさらに優遇し、放送を冷遇していると考えるかもしれない。しかしこの方策は、国民の移動通信需要に応じて国民の共有財産である電波を適切に使用するためのものであり、一方的・不公平な方策ではない。
放送事業は早い時期にスタートしたので、当初有り余るほどの電波を配分された。しかし後になって移動通信事業が始まり、これが国民に支持されて急速成長したので、放送で使っていない周波数帯を融通するのは当然である。たとえば電車やバスなどの公共交通手段で、当初始発近くでは座席に余裕がありゆったり座れても、後に乗客が増えた際には互いに詰め合わせることと同じである。始発で乗った乗客が「この近くの座席スペースは俺のものだ」として詰め合わせを拒否すれば、乗客全員のひんしゅくを買う。電波が国民の共有財産であるのと同じく、公共交通手段の座席は乗客全員のための設備である。
次に600MHz帯方策については、「何も放送チャンネルだけに注目しないで、他の空いている周波数帯も移動通信用として考えるべきではないか」という批判があるかもしれない。これに対しては、400~900MHzのUHF帯は、電波特性が良く移動通信に適する一等地(プラチナ周波数帯)であることを指摘したい。この周波数帯で現在大きな遊休部分を抱えるのは放送事業だけなのである。実際移動通信のために、UHFの高い周波数帯でも電波が配分されている。しかし放送では1個のチャンネルを使って同一番組を発信すれば足りるのに対し、通信では同じ地域で数百、数千の人がそれぞれ異なるチャンネルを使用する。つまり通信では電波の必要量が桁違いに多いことに注目されたい。
実際に転用可能な周波数帯(X)としてどれだけの幅が取れるかは、技術進歩の程度にも依存し、微妙な点がある。旧来のアナログ放送では混信が生じやすく、そのため余裕を持ったチャンネル配置が必要であった。デジタルテレビになってこの側面での技術進歩が著しく、「従来は不可能であった放送チャンネルの詰め合わせ」が可能になっている(たとえば池田信夫氏論考(9月15日付JBプレス),(同日付ブログ))。政策運用当事者は、これらの新しい技術が円滑に採用されるよう、独立の立場にある複数専門家の意見を聴取することに留意すべきである。
新規周波数帯(X)のオークション割当については、周波数帯利用方式、オークション実施方式など検討すべき課題が多い。しかし日本はオークション後進国であるから、他国の経験を多数参照できる。他方で後発であるために厳しくなる課題もある。それはオークションによる新規参入の実現である。
市場メカニズムの利点の1つに「新規参入の実現」がある。市場が開かれて外部からの新機軸が自由に試される環境が存在することが、長期的に経済成長を生み出す。他方閉じた市場の結果は、足踏み・停滞である。オークションは新規参入を実現する絶好の機会である。日本の移動通信産業はMNO 3社の寡占下にあり、「暗黙の協調」も生じて活発な競争に乏しい。ここにオークションを導入すれば、MVNOが恰好の新規参入候補になるだろう。しかしながら日本ではオークション導入が極端に遅れてしまったため、既存事業者(MNO 3社)が強固な地位を確立しており、新規参入には困難が多い。以下ではこの問題を考えよう。
一般にオークション割当に際して既存事業者が規模・技術などの面で優勢に立ち、新規事業者が困難に直面することが多い。とりわけ既存事業者が市場価格を支払うことなく入手した周波数帯を保有し、他方で新規事業者が高額の落札金を支払って入手した周波数帯だけで事業をおこなわなければならない場合に、公平競争が阻害される。
この問題はオークションを実施した諸国で早くから認識されており、新規事業者の参入を促進し、また参入後の事業遂行を有利にするため、規制当局がオークション制度に工夫を加えることが多かった。例えばオークション免許に「新規事業者枠」を設定し、資金力の弱い新規事業者が免許を取得する可能性を高める。免許料金・事業実施条件等について新規事業者・中小事業者を優遇する。さらに既存事業者に対し、入札できる免許数や周波数帯幅に制限を加える(spectrum capping)。これらの方策(直接規制)の長所は、内容が単純で実行が容易なことである。
しかしながら、新規参入促進のための直接規制・援助は、規制当局が不完全な情報によって市場メカニズムの一部を代行することを意味する。事前に「適切な新規参入者枠の個数」やそのための周波数帯幅などを設定することは困難である。枠が固定されているため、弱小事業者が過度に新規参入し、競争に敗れて退出してしまう可能性が残る。他方では新規参入枠が不足し、十分な競争力を持つ新規事業者が参入できない可能性も残る。
筆者が提案する「イコール・フッティング」は上記の「過不足」が生じないよう、新規参入者の優遇を、オークションと同時に、すなわち市場メカニズムの下で実現することを目的とする。すなわち、オークションによらない周波数帯割当(以下既割当分)を受けている既存事業者がオークション対象周波数帯(以下新割当分)を落札した場合に、既存事業者に対し新割当分の落札単価を既割当分に適用した代価を、オークション代価に加えて納入する義務を課する(図2)。
図2の例では、新規サービス(この場合5G移動通信)のために、既存事業者と新規事業者が、新割当分としてそれぞれ30MHzと15MHzを落札した場合を考えている。またオークション以前に、既存事業者は既割当分として20MHzを保有しているが、新規事業者の既割当分はゼロである。いま落札単価を10億円/MHzとすれば、新割当分の落札価格は、既存事業者300億円、新規事業者150億円になる。イコール・フッティング下ではこれに加え、既存事業者に対し「イコール・フッティング目的支払額」として既割当分20MHzに単価10億円を乗じて得られた200億円を課する。支払額合計は、既存事業者500億円、新規事業者150億円になる。その結果、5G移動通信について既存・新規事業者間で利用周波数帯の単価が同一になる。これがイコール・フッティングという名称の根拠である。詳しくは鬼木(2016年)を参照されたい。
鬼木 甫 (おにき・はじめ)
情報経済研究所 代表取締役所長、大阪大学・大阪学院大学 名誉教授
1933年生まれ。東大経済学部卒業後、米スタンフォード大学経済学博士。米ハーバード大学、カナダのクイーンズ大学の客員助教授、大阪大学社会経済研究所教授などを歴任。2009年より現職。著書に「電波資源のエコノミクス」(現代図書)。