「ひよっこ」と「前略おふくろ様」

中村 伊知哉

NHK番組公式サイトより:編集部

NHK朝ドラ「ひよっこ」が終わってしまいました。

ドラマにしろ音楽にしろエンタメにしろ、刺激を求めるほうでして、メロウな日常を上塗りするような作品に興味がなく、サザエさんはパンクであることを戒める去勢モノと解しています。ひよっこが始まってしばらくは朝ドラにありがちな日常去勢ドラマと感じ、チャンネルを合わせませんでした。

しかし、高校の先輩・堀井憲一郎さんの「50年間、朝ドラを見てきた私が断言したい「『ひよっこ』はスゴい」」という記事に接し、その視点で改めて見始めました。

女性が苦難を乗り越え成長し大活躍する物語という基本パタンではなく、「夢など抱いていないふつうの女の子」がふつうに生きる。「生き生きとしたリアルな善きエピソードをたくさん集めて、それを重ねて作り上げている。そういうファンタジーである。」
そのとおりでした。

全ての登場人物が善人で、みな懸命に、邪心なく生きていて、傷や苦難を負いつつも心やさしく、微笑んでいる。だけどいつもそこに小さなドラマがあって、毎日を飽きさせない。
優れた作品です。

6月時点で堀井さんは「後半にかけて回復のドラマとなるかとおもう」と書いています。
これもそのとおりでした。
全員を回復、再生させるドラマとなりました。

新しい恋をする主人公みね子。記憶を失くしたが一家を再生する父親。恋人を失いキャリアを再開する女優と、女優の道を歩む友人。失恋したが米屋の娘の手を取る友人。確執を超えて家に戻る娘。戦争の傷を乗り越えようとするその父と寮母。同じくビートルズで乗り越えた叔父。ようやく芽が出るマンガ家コンビ。変身する大家。

全ての人物がキャラ立ちしていて、全ての人物が前を向いていく、へこたれてすさむ人が誰もいない、すがすがしさ。
最終週、まず米屋問題を決着させ、アパート同居のお姉さん、マンガ家、女優、そして父親の記憶問題を次々に片付けました。
ギターを爪弾いていた団子屋の息子だけかな、取り残されたのは。

終了直前に堀井先輩は「成長の物語ではなかった。」「いいドラマだった。」と改めて評しています。
指摘どおりです。
「「ひよっこ」朝ドラ史上異色の主人公が教えてくれた人生で大切なこと」

ぼくは「前略おふくろ様」と重ね合わせて観ていました。1975年NTV作品。
山形から上京し、深川の料亭で下働きをするサブ(萩原健一)が周囲にもまれつつ、母親を想い、懸命に生きる物語です。

ひよっこは、このドラマのオマージュでもありました。

ぼくは中学3年生でした。取り柄もなく、将来も見えず、片隅で鬱々としていた自分とサブとを重ね合わせ、毎週のすりこみで、薄い人生観のようなものを作ってくれた作品でした。今も繰り返し観ています。正直に、懸命に生きることは、カッコいい。それを教えてくれました。

メロウな日常を上塗りする作品に興味はありませんでしたが、この作品は井上堯之バンドのテーマ曲から、半妻さん(室田日出男)や利夫さん(川谷拓三)ら登場人物もみなエッジが効いていて、そのざらつきに飲み込まれたのでした。

どちらも、岡田恵和さんと倉本聰さんという脚本家が作った作品。北茨城と山形。田舎から出てきて、親を思い、都会でひっそり、懸命に生きる。周りは善人ばかりだ。まっすぐ生きれば、つらいことは多いけれど、寄り添って楽しく生きていける。
そうです。そうなのです。

ひよっこは主人公が「おとうちゃん」と語りかけ、前略おふくろ様は主人公が「前略おふくろ様」と語りかけて、物語が進みます。事故で記憶を失った父親の物語と、老いて記憶を失っていく母親の物語です。

赤坂「すずふり亭」の脇で、みね子は同僚とニンジンをむく日々。深川「分田上」の脇で、サブは同僚とイモをむく日々。実に美しい。

歌が大切です。ひよっこは昭和40年が舞台。歌謡曲やグループサウンズ。前略おふくろ様は昭和50年のリアルタイム。(グループサウンズの代表が主人公ですが)昭和演歌が流れます。みんながいっしょに歌える歌がありました。

違いも大きい。ひよっこは、今から50年前のお話。これから伸びゆく大都会での女たちの物語。主人公も友人も、同居人も店の主も大家も強い女性たち。やさ男たちはあくまで彩りを添えるにすぎません。

前略おふくろ様は、失われていく深川への哀歌。料理人やとび職ら、男社会で下積みぐらし。女将さんや女中らが華を添えるが、それを包み込む男のお話です。今や時代遅れとなったダンディズムです。

40年前のドラマがひたむきな男を描き、新しいドラマがひたむきな女を描き、どちらもカッコいい。
40年前の前略おふくろ様が今も響くように、ひよっこを40年後に観ても、90年前の日本を描く今の物語として響くことでしょう。

さて問題は、今を生きるカッコいい男女を描く今のドラマが見当たらないってことかな。

いや、「火花」があるか。

うん。もっともっと、カッコいいドラマ、作ってください。

待ってます。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。