G20では「5兆ドルの財政出動」で各国が一致したと報道されましたが、その中身は具体性がなく、各国の分担も不明です。まして、それによって「成長率を4%押し上げる」などという話は、何の根拠もない。このように政府が「有効需要」を追加することによって経済が回復するという素朴ケインズ主義は、池尾さんもいうように経済学では30年前に葬られた理論です。ところが麻生首相は、FTのインタビューに次のように答えました:
過去15年間の経験のおかげで、私たちはどういう対策が必要か承知しています。それに対してアメリカや欧州各国にとっては、今回のような経験は初めてかもしれない。財政出動の重要性を理解している国もあれば、理解していない国もあって、だからドイツは(財政出動に消極的な)発言をしているのだと思います。
この発言に、メルケル首相は不快感を示したといわれています。麻生氏は、ドイツが財政出動に慎重なのはマーストリヒト条約の制約だと考えているようですが、池尾さんの指摘のように、メルケル氏がケインズ的な財政刺激に懐疑的なのだとすれば、経済学を理解していないのは麻生氏のほうです。
G20諸国の首脳が財政出動で一致したとしても、彼らがそれを「常識」だと考えているとは限りません。アメリカでは政権内部でも、短期的な財政刺激の効果については懐疑的な意見があります。しかし今回のような大規模な危機に直面して、政府が「何もしない」と宣言することは政治的に不可能なので、一か八かでやってみるというのに近い。ところが麻生氏の発言からは、ケインズ経済学が常識で、それを知らないドイツがおかしい、という傲慢な印象を受けます。彼は90年代の日本の経済政策が「勝利」だと信じているのです。
政治家がすべての学問の専門家であることは不可能だし、その必要もありませんが、知らない場合には知っている人の話を聞く謙虚さが必要です。小泉元首相も経済学の専門家ではなかったが、竹中平蔵氏などの経済学者を政権や経済財政諮問会議に入れ、その助言に耳を傾けました。しかし麻生政権には経済学の専門家はいないし、経済財政諮問会議も御用学者で埋め尽くされ、首相は「裸の王様」になっているのではないでしょうか。
麻生氏が漢字を読み間違えても実害はないが、彼が古い経済学を常識だと信じ込んでいることは、日本経済に大きな実害を及ぼします。それなのに、先日の「有識者会合」でも、経済学者から批判的なコメントはなく、バラマキを求める陳情ばかりでした。まず「王様は裸だ」と指摘しないと、日本の経済政策はますますおかしな方向に脱線してゆくでしょう。