有馬純 東京大学公共政策大学院教授
11月11日~18日にかけてボンのCOP23に行ってきた。パリ協定の詳細ルールは2018年にポーランドのカトヴィツェで開催されるCOP24で合意を目指すことになっている。このため今回のCOPはストックテーキングとの位置づけで、どちらにせよ大きな成果が期待されているものではなかった。そうした中で日本の新聞が取り上げたのが「脱石炭」である。以下はその主な見出しである。
日本経済新聞
温暖化対策 中印急ピッチーゴア米元副大統領に聞く 日本は石炭火力支援やめよ
東京新聞(11月17日)
温暖化対策 日本50位 COP23 脱石炭火力の流れに乗れず
朝日新聞(11月17日)
米に「特別化石賞」贈呈 COP23、NGOが痛烈批判
毎日新聞(11月17日)
COP23閉幕 石炭火力で温度差拡大
日本経済新聞
COP23閉幕 石炭火力推進の日本に「奇異」の目
COP23も終幕に近いころ、英国とカナダの主導により、脱石炭火力をめざす27の国、地域が参加するPowering Past Coal Alliance の発足会合が行われ、多くのプレスが詰めかけた。この脱石炭火力連合はクリーン成長を推進し、伝統的石炭火力のフェーズアウトを加速することを目指すとしており、参加国はアルファベット順に以下の27か国・地域である(国としてのカナダと、カナダの各州が両方入っているのはダブルカウントではないかと思うのだが・・・)
アルバータ州(カナダ)、アンゴラ、オーストリア、ベルギー、ブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)、カナダ、コスタリカ、デンマーク、エルサルバドル、フィジー、フィンランド、フランス、イタリア、ルクセンブルク、マーシャル諸島、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ニウエ、オンタリオ州(カナダ)、オレゴン州(米国)、ポルトガル、ケベック州(カナダ)、スイス、英国、ヴァンクーバー(カナダ)、ワシントン州(米国)
ここで言う「伝統的石炭火力」とは炭素貯留隔離(CCS)を伴わないもの全てを指し、SC(超臨界)はおろか、USC(超々臨界)も現在開発中のIGCC(石炭ガス化複合発電)やIGFC(石炭ガス化燃料電池複合発電)も含むようだ。
このイニシアティブが拍手喝采で迎えられた一方、NGOの集中砲火を浴びたのが米国トランプ政権が実施した「温暖化防止における化石燃料のクリーンな利用と原子力の役割」と題するサイドイベントである。100名を超える環境NGOが詰めかけ、God Bless the USA の節で「So you claim to be an American, but we see right through your greed」と大声で歌い、イベントの進行が一時中断した。イベントに登壇していたデビット・バンクス大統領特別補佐官は「このイベントが論議を呼ぶのは、頭を砂に突っ込んで世界のエネルギーシステムの需要に目を向けていないからだ」と述べている。日本はCOP23で化石賞を受賞したが、その理由は11月6日の日米首脳会談で、2017~18年に東南アジアなどへ石炭火力発電所や原子力発電所の輸出を目指すとしたことだそうだ。これも新聞報道の種となった。
COP交渉に参加し、化石賞を何度となくもらった経験からすれば今更驚くにあたらないが、改めて「やれやれ」という思いを禁じ得ない。COPに世界中から集まる「善男善女」たちは温暖化防止を至高の価値ととらえている。エネルギー政策でいうところの3つのE (エネルギー安全保障、経済効率、環境保全)のバランスではなく1Eのみなのだから、そのポジションは単純明快であり、炭素含有量の多い石炭は有無を言わせず排除する対象でしかない。しかし、筆者がアジア諸国のエネルギー政策担当者から聞く現実はそんなものではない。彼らにとって無電化地域の国民に電気を届けることは温暖化防止よりもはるかに重要なミッションである。彼らも石炭の環境負荷については十分承知しているが、「石炭をクリーンに使え、というならばわかるが、石炭を使うな、では話にならない」と言う。本年11月の東アジアサミット首脳会合議長声明には以下のようにエネルギーアクセスと低廉な供給と石炭のクリーンな利用の重要性が明記されている。
8. We reaffirmed the importance of continued efforts towards improved energy access and energy affordability in order to address regional energy security and sustainability challenges, as well as promote high-quality infrastructure and keeping energy markets transparent and competitive. In this regard, we underscored the importance of the promotion of clean energy, such as renewable energy, clean coal technology, energy efficiency and cleaner and more efficient fossil fuels including enhancing the use of natural gas as a low-emission fuel. (以下略)
(仮訳:我々は地域のエネルギーセキュリティと持続可能性の課題に対応するため、質の高いインフラとエネルギー市場を透明で競争的なものにするとともに、エネルギーアクセスの改善と低廉なエネルギー価格に向けて努力を継続することの重要性を再確認した。この観点で我々は再生可能エネルギー、クリーンな石炭技術、エネルギー効率、低排出の化石燃料としての天然ガス利用強化を含むよりクリーンで効率的な化石燃料等のクリーンエネルギーを推進することの重要性に留意した)
エネルギー安全保障と経済効率(低廉なエネルギー供給を含む)と環境保全を考えれば、この東アジアサミット議長声明で石炭のクリーンな利用の推進が謳われているのは至極常識的な考え方であるが、それがCOPの場になると「許されざる悪」になってしまうのである。あたかもパラレルワールドが存在するようなものだ。環境NGOは東アジアサミット首脳会議に化石賞を出してはどうか。
米国のように経済論理により安価なシェールガスが石炭にとって代わるならばよい。また低下傾向の著しい再エネの発電コストのみならず、系統安定コストも低下し、結果として石炭さらには原子力が使われなくなるならば慶賀すべきことだ。しかし、バンクス補佐官の言葉ではないが、現実を無視して「頭を砂の中に突っ込み」、代替オプションの有無にかかわらず、ひたすら脱石炭を唱導するのでは「おまじない」と同じである。先に紹介した脱石炭連合を「世界の潮流だ。日本は乗り遅れるな」と言わんばかりの報道もあるが、これら諸国、地域の石炭火力設備容量が世界全体の石炭火力の設備容量に占める比率は2-3%でしかない。「尻尾が胴体を振り回す」という表現があるが、「尻尾の先の毛」のようなものである。トランプ政権の米国はもとより、中国もインドもアセアン諸国も参加していない。環境派が称賛してやまないドイツも参加していない。COP23のハイレベルセグメントに登壇したメルケル首相は石炭と雇用の関係の難しさに触れていたが、その後、石炭火力の即時停止を主張する緑の党と経済・雇用への影響を懸念する自由民主党‘(FDP)との間の懸隔が埋まらず、連立協議が流産することになった。これがCOP期間中の出来事であればドイツは堂々の化石賞受賞となったであろう。
1Eの世界は宗教的雰囲気を醸し出しており、石炭叩きはさながら中世の魔女狩り、異端審問を連想させる。東アジアサミット議長声明にあるように、アジア諸国は自国の経済発展のためにクリーンな石炭利用を必要としているのは明らかだ。ならばCOPの場で石炭叩きがプレーアップされる中で彼らはなぜ黙して語らないのだろうか。各国内のエネルギー政策当局と温暖化交渉当局のコミュニケーションの悪さが原因なのかもしれない。筆者はCOPのサイドイベントなどでアジア諸国のエネルギー政策担当者が自国のエネルギーミックスにおける石炭の位置づけとクリーンコールテクノロジーの役割についてもっと声をあげるべきではないかと思う。1Eしか考えない陣営からの批判を恐れて3E を重視する政策当局が「疚しき沈黙」を守るのでは、COP交渉の場と現実世界の乖離は広がるばかりだろう。