がんは遺伝子異常によって生ずる病気である。これは歴然たる事実であるが、がん種毎に、起こっている遺伝子異常数は下記の図のごとく、非常に違ってくる。乳がんと肺扁平上皮がんでは一桁違うし、一般的に小児で生ずるがんでは、遺伝子変異数は少ない。最も遺伝子異常が多いのは、メラノーマであり、これには日光、紫外線暴露が影響している。紫外線はDNAの損傷を引き起こす。
細かくなるが、遺伝暗号のT(チミン)が隣り合っている部分に紫外線があたると、TT(チミンダイマー)という異常な結合が生ずる。われわれの細胞はこれらを修復することができるが、ダイマー形成が多いと修復が追いつかない。また、色素性乾皮症の患者さんは、この修復機能が低下しているので、皮膚がんの発生リスクが非常に高くなっている。ビーチに行くとオイルを塗って日光浴を楽しんでいる人がたくさんいるが、これは皮膚がんのリスクを高める行為だ。小麦色の肌を求めているのだろうが、絶対にやめたほうがいい。
メラノーマに次いで遺伝子異常が多いのが、肺扁平上皮がん、肺腺がん、膀胱がん、肺小細胞がん、食道がんである。これらのがんにとっては、喫煙+飲酒がリスク要因で、これらの生活(環境)要因が、多くのDNAの損傷を起こしていると考えられる。
同一のがん種であっても、個々の患者さんごとに見ると、遺伝子変異数は、1-2桁違っている。特に、大腸がんや子宮体がんには極端に遺伝子変異数の多いものがある。これらの多くは、遺伝的にDNAミスマッチ修復遺伝子に異常があると考えられ、非腺腫性遺伝性大腸がんに分類される。
また、ICGC (International Cancer Genomics Consortium)のデータで、国ごとの違いを比較すると興味深い。米国の大腸がんのデータを見ると、APCが67%、p53が51%、KRASが19%の頻度で遺伝子異常が見つかっている。APC、p53遺伝子は、われわれが、20年以上前に調べたものとほぼ同じだが、KRAS遺伝子異常の頻度は半分くらいだ。中国の大腸がんのデータではAPC、p53、KRASがそれぞれ、43%、36%、12%であり、私の感覚ではかなり少ないように感ずる。
米国の膀胱がんのデータでは、LRP1B、FAT1遺伝子が変異頻度の高い上位1、2位 (12%と8%)だが、中国の膀胱がんでは、両者とも変異頻度の高い上位20位にはない(多くても4%未満)。日米中の肝臓がんでは、p53の遺伝子異常が最も高頻度(約30%)だが、フランスの肝臓がん32例中には見つかっていない。私の記憶が間違っていなければ、フランスはアルコールによる脂肪肝から生ずる肝臓がんを調べていたはずだ。日中はウイルス性肝炎から肝硬変を基礎疾患としているので、背景によって遺伝子異常がかなり異なると思われる。
p53遺伝子は多くのがん種で、最も高頻度に異常が見つかる遺伝子であることは確実だ。APC遺伝子のように大腸がんでは非常に頻度が高く(60-70%)、他のがんではほとんどと異常が見つからない遺伝子もある(ただし、胆管がんでは4-8%、子宮体がん10%、胃がん5-10%、膵臓がんと前立腺がんで数%)。
臓器ごと、組織ごとはもちろんのこと、個人間で遺伝子異常は大きく異なっており、それらの情報を元にした治療法を選択する時代になってきている。もちろん、これらの情報はがんの検診のありかたやがん検診の方法そのものにも影響を与える。がんの再発のモニタリングにも変化を引き起こすものと期待されている。そして、大事なことは、これらの遺伝子・ゲノム情報が、個別化免疫療法につながっていくことである。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。