※編集部より:お詫び:4日朝に掲載した内容は、編集作業のミスにより、執筆者オリジナルの原稿の後半部分を欠落させたまま掲載してしまいました。黒坂氏、読者の皆様にお詫びし、再掲します。
こんにちは!肥後庵の黒坂です。
中国にシャインマスカットが流出、韓国にイチゴが流出と立て続けに果物の窃盗話を書いてきたわけですが、今度は「国内のドロボウ話」です。今年1月、高騰する白菜に家計が悲鳴を上げている中、転売目的で白菜を盗んだ男が逮捕されました。
愛知県豊橋市の畑から白菜約160玉(卸売価格で約8万円相当)を盗んだとして、県警豊橋署は1日、同市神野新田町のトマト農家、塩野育男容疑者(40)を窃盗の疑いで逮捕した。同容疑者は「天候不順で葉物野菜の値段が高騰し、高く売れると思った」などと容疑を認めているという。
高騰する野菜を盗む、これだけ聞くとよく聞く窃盗話のように思えます。しかし、実はこの事件、多くの人が知らない闇に包まれているのです。
野菜や果物は誰でも市場で売りさばける
時々耳にする野菜や果物の窃盗話は、今回の白菜に限らず全国で起きていることです。1個、2個盗むということであれば自宅で食べるためや、いたずら目的の可能性もありますが、100個、200個という単位と聞くとこれはもう完全に売りさばく目的で盗んだとしか思えません。1月に白菜窃盗事件の一報を聞いた時、私はすぐに「あ、これは売却目的だな」と思い、そして実際に当たっていました。
そもそも盗んだ野菜や果物を、そんなに簡単に売ることができるのでしょうか?ネットニュースにつけられたコメントを見ると、「農業関係者でなければそもそも販路を持っていないから、盗んだ農作物を売ることは難しい」といったものが見られます。
ですが、こうしたコメントは誤りでそんなことはありません。実は農業関係者でなくても、一般の人が市場へ行き、持ち込んだ野菜や果物を競りにかけてもらうことができるのです。持ち込んだ農作物を市場に引き渡し、市場から伝票を受け取ります。そこに氏名を書き込んで、競りが始まり、売れた代金を伝票と引き換えに渡す仕組みとなっています。身分証明書の提示や必要な資格取得などが一切不要、という市場を私の知っている範囲でいくつもあります。
農作物の持ち込みから、代金の受け取りまでの一番の流れの中で、身分証明書の提示は必須でないばかりか、その気になれば伝票に書き込む名前は偽名でも通ってしまう市場もあります。盗んだ農作物を市場に持ち込み、すぐに売れれば朝の10時半に代金を受け取ってドロンというスピーディー換金も不可能ではありません。売却された農作物が窃盗されたものかどうか?そんなことは野菜にシリアルナンバーなどは振られていない以上、誰にも分かりません。
このように畑に忍び込んで野菜や果物を盗み、偽名を使って市場で売って代金を受け取ることは、農業関係者でなくてもできてしまうのです。盗っ人を逮捕する機会は極めて限定的で、盗みを働いている現場を押さえるか、余罪を追求する過程で明らかになることがほとんどです。
ちなみに今回の事件の逮捕された理由について詳しく調べたところ、「トマト農家なのに白菜を大量に販売する様子がおかしい」と男が容疑に浮上し、白菜窃盗の被害届と照らして御用となったようです。何度も、そして大量に白菜を販売したことで捕まったわけですが…これ考えたら恐ろしくありませんか?市場をバラつかせて犯行に及ぶことで足がつかず、農作物窃盗の全国行脚ができるということですよね?
豊橋市と隣接の豊川市では1月中旬~2月初旬に計6件、合わせて579玉の白菜が盗まれる被害があり、男は豊橋市の他の3件も「自分がやった」と話しているという。同署は豊川市の2件についても関連を調べる。
とあります。男は他でも窃盗を重ねているのです。捕まらなければ今後も多くの農家さんが被害にあっていたことでしょう。それを考えると背筋が寒くなる思いです。
窃盗に遭う農家の計り知れない経済的、精神的ダメージ
野菜や果物を盗んで売りさばく、この話は宝石強盗や仮想通貨流出に比べると、ダイナミックさや血を流すことがない分、どこかほのぼのとした雰囲気を感じられるかもしれません。しかし、盗まれた側の経済的損失の大きさと、精神的ダメージたるや計り知れないものがあります。
今回の被害総額は8万円で、逮捕された男は他の白菜農家からも窃盗をしています。野菜や果物は不作時ほど価格が高騰するので、その分高く売れるために犯罪の旨味が増すという構図になっています。冷夏や台風などで不作のニュースとともに、こうした窃盗事件を紙面で見かけるのはそのためです。企業経営的にやっているなら別ですが、農家の多くはそれほど高収入で豊かに生活しているわけではありません。8万円という被害額は、ホソボソと暮らしている農家さんにとって大きな経済的損失を被るわけです。
そして何より精神的ダメージは更に甚大なものです。農作物は種まきから始まり、手塩にかけて育て、そしてトラックで運んで売りに行くまでの過程には子供を育てるような思い入れがあるものです。丹精込めて育てた農作物を収穫する、まさに最後の最後で奪い取られる苦しみは計り知れません。農家さんが育てた野菜や果物に対する思い入れの強さは、実際に話を聞くとよく理解できます。台風の時でも表に出ていって自分の農作物を守りに行き、怪我や命を落とす人の話を聞いたことが無いでしょうか?
農業に携わったことがない人にとっては「なんでそんな危険な事をするのか。命より大事なものなんてないだろうに」と思うかもしれません。でも、そうした人たちは大雨や台風が危険であることは、もちろんよく理解できています。それでも表に出ていかずにはいられないのです。彼らは「自分の子供が危険な目にあっているのに、助けにいかない親はいない」といって危険を承知で見に行っているわけです。彼らが農作物に注ぐまっすぐな想いはまさに自分の子供にかける愛情そのものです。それを収穫直前に訳の分からない人間に、一夜にして根こそぎ持って行かれるのですから、胸の痛くない人なんているわけがありません。
今回のドロボウはトマト農家といいます。一報を聞いた時は信じられない思いでした。農業の苦労を理解している同じ農業関係者が盗みを働くなど、本当に理解に苦しみます…。
農家の自衛を求めるより、市場の身分確認の導入を
農家が盗難防止に備える力なんてあまりにも弱すぎます。監視カメラ?警報装置?赤外線センサー?無理です。あまりにも畑は広すぎます。24時間体制でセキュリティがいる丸の内の高層ビル群とはまったく違います。畑に鍵はかけられないのです。農家同士が手を組んで、夜のパトロールをするところもあります。ですが、朝早くから過酷な農作業に出ていて、疲れた体に鞭打って毎日夜に交代でパトロールに出るのは現実的ではありません。
私は農家の自衛する力を高めるのではなく、市場でしっかりとした身分確認をする仕組みを取り入れることが重要と考えます。日本で経済活動をする上ではあらゆる行動に記録が残ります。マイナンバー制度施行により、ますますビジネス取引はガラス張りになったはずなのですが、現行の市場には改善の余地があるように思えます。誰でも農作物を持ち込めるよう、門戸を広く開いているおかげで、農作物の流動性を高めることができることを実現しているのが現行の市場ですが、身分証明書の確認をしっかりと行う運用を取り入れる事を望みます。そうすることで防犯効果が期待できるのではないでしょうか?私は日本全国全ての市場を見たわけではないので、もしかしたらきちんと身分確認をしているところがあるかもしれません。しかし、いくつかの市場ではID提示なしに誰からでも買い取りを受け付けているところがあるのもまた、事実なのです。
ドロボウは盗んだ農作物が売れると分かっているからこそ、盗みを働きます。盗んでも足がつき、簡単に売れないなら盗もうと思う人間は減るでしょう。今こそ、市場の法体制の見直しをする時なのかもしれません。
※この記事は市場の体制の批判や、犯罪の助長をしている一切の意図はありません。身分確認の徹底の必要性を訴えることで、犯罪の抑止力を持たせる提案をすることで、長い目で見て悔しい涙を流す農家さんが一人でも減ってもらえればと願いから書いています。
黒坂 岳央
フルーツギフトショップ「水菓子 肥後庵」 代表