今回の北海道取材ツアーでは、みんなと話し合い、前回とは違うこと、前回できなかったことをやろうと決めた。そのうちの目玉が現地からのニュース発信だった。一般のメディアを使うのはハードルが高いので、大学の携帯アカウントやホームページでの発信を考えたが、いずれにしても大学を代表している以上、ニュースも大学の審査を経なければならない。事前の根回しも必要だし、実際の編集にはベテラン教師の協力が不可欠だ。簡単なように見えて、実はとても難しい。
中国のメディアをめぐる規制強化の現状を考えれば、大学のメディアといえども非常に神経を使わなくてはならない。だが無理ではない。やる価値はある。記事発信プロセスの難度のほか、学生の取材ツアーが果たして現場発の生ニュースを発掘できるのかという根本的な問題もある。運がいいことに、ぴったりの素材があった。
多くの方の理解と尽力により、事前に北海道の高橋はるみ知事との面会アポが取れ、若干、質疑ができることになった。この会見をニュースとして流してはどうかと考えた。代表のあいさつと質問はあえて最も内気な学生を選んだ。簡単な日本語を教えたが、彼女にとっては夜も眠れないほどの緊張だった。不足を乗り越え、成長することもこのツアーの大きな目的の一つである。
会見は札幌に到着して二日目の6月1日午前、場所は同庁の会見室だった。会見には今回のツアーに通訳として参加してくれた北海道大学の中国人留学生計3人も同席した。結果的には、会見時、高橋知事から丁寧な回答が得られ、十分な内容のある記事として、その日の夜、大学の携帯アカウントで発表できた。北海道では初の女性知事であり、女性知事として最長の任期15年を務めるだけに、学生の関心も「女性」に集まった。
(以下、赤い文字部分が中国語で記事になった内容)
高橋知事からは、
「中国と日本は今、平和友好条約40周年の節目の年で、5月には李克強総理が北海道を訪問され、私ともお話をさせていただいて、北海道民にとっては大変名誉なことだと思っています。また、遼寧省や黒竜江省などの省長とも地域づくりについての意見交換をさせていただいたところで(第3回日中知事省長フォーラム)、そういうことがあった直後に汕頭大学の新聞学院の方々がご訪問されることを心からご歓迎申し上げます」
と歓迎のあいさつがあり、続けて学生が質問をした。
--日本の女性地位が国際的に低く見られていることについて。
「有権者の半分は男性で、女性として長く知事を務めてきたことは、振り返れば大変だったのかと思う。確かに統計的には、日本における女性の地位は、政治家の割合も少ない、また民間企業における女性幹部の数も少ないなど、国際的にみると、日本における女性の地位が低いというのは事実かも知れない。ただ、明らかに状況の改善は進んでいて、5年、10年前と比べれば、日本の中においても女性がそれぞれの会社、組織の中でトップ、あるいは幹部を占める割合が増えているのは事実だと思う」
「女性として、女性の社会的な地位の向上に努力しなければならないと思うが、それと同時に、行政の対象としての住民にいかに満足していただくかを重視しており、この点については男女関係なく、知事としてやらなければならない仕事をしっかりやることに尽きる」
--女性は家庭、男性は外で仕事という分業について。
「男女の役割を固定化することには反対ですが、そういう形でご本人たちが納得しているのであれば、そういう分業もあり得ると思う。私、息子が二人いるんですが、そのうち結婚している方の息子はよく私に、今は彼の方が奥さんより収入が多いのでぼくが働いているけれども、奥さんの収入がぼくより多くなったらぼくは、子どもは生むことはできないけど、専業主夫になりたいと、いつも私に言ってます。確かに私から見ても、家事におけるパフォーマンスは息子の方が高いと思われるので、そういう役割分担もあり得るのではないかと思う」
--仕事と家庭の両立で悩むことはありますか?
「私も大学を出てからすぐに就職をして、22歳からフルタイムで働きながら、結婚して、子どもを生んで育てて、今振り返れば大変苦労だっと思いますが、ただそのことよりも家庭を持つことの喜び、子どもを育てることの喜び、そちらの方が大きかった。だから、大変なことは事実だが、それを乗り越える意志が強いかどうか、旦那さんを含め、まわりの協力をいかに得ることができるか、そういう知恵の出し方が大切だと思う」
「この間、内モンゴル自治区トップの女性主席が来られて、対談をしましたが、とても明るい方で、中国でもやはり行政のトップとして女性が働いていらっしゃる方がいることに、私もとても頼もしく思いました」
最後は記念撮影をして、無事、会見は終了した。
この日は北海道大学の学園祭「北大祭」の開幕日で、学生たちは急いで北大に行き、北大祭の取材を始めた。だが、知事会見の筆者と私は大学の校舎内のベンチを見つけて腰かけ、テープを聞き返しながら、入念に翻訳をし直しした。内容の取捨選択をした後、学生は携帯に記事を打ち込み、チェックが終わるとそこからメールで出稿していた。パソコンに慣れた私にはマネができない芸当だ。
昼食も抜きだったので、北大際の模擬店で買った抹茶パフェを差し入れた。何はともあれ、海外から現地発の記事が日の目を見たのである。得難い経験だった。
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。