「MVNO論議の不思議」と題する3月8日付のブログで、私は日本に根強くある「通信事業者の本分はとにかく設備を作ること。他の事業者の設備を借りるなどは『抜け道』であり、もっての他」という論議の「不思議さ」にも触れました。その中でも申し上げましたが、欧州の通信事業者の間では「通信設備の貸し借り」は普通のことであり、特に将来のLTE(日本では3.9世代と呼ばれ、日本以外で第4世代と呼ばれている技術)については、「初めから事業者間で設備を相互乗り入れしよう」という合意が最近なされています。
これらのことは、勿論、「何とかして少しでも投資を少なくし、コストを下げたい」と考えている通信事業者同士が、商業原則に基づいて合意したことですが、 各国の政府やGSMAなどの業界団体は、こぞって賛意を表しています。その理由は簡単明瞭で、「各事業者のコストが少しでも下がることは、ユーザー価格を 下げる原資が得られることであるから、望ましい」という経済的観点と、「設備投資を業界全体で合理化し、既存設備をより有効に使うということは、環境保護 の観点から望ましい」という観点の二つによります。
ところが、驚いたことに、中国はその先を行っていることを、今回私は初めて知りました。中国では、何と、「ネットワーク施設の事業者間での相互乗り入れ」 は、「各事業者の義務」となっているとのことなのです。「他の事業者からネットワーク施設を借りることを考えているような事業者は怪しからん」とおっ しゃっている人達にすれば、これは驚天動地のことでしょう。但し、その背景には、前述したような「経済的観点」と「環境保護の観点」からの「ちゃんとした 理由」があるのですから、文句は言えません。逆に言うと、日本の相互乗り入れ反対論者は、何を理由にそのような議論をしているのかが謎です。
今週の初めにロンドンから携帯通信事業者の団体であるGSMAのCEOが日本に来たので、私は、「この機会に総務省の幹部を表敬訪問し、こういった日本の 外での動きについても説明したらどうか」と勧め、それが実現しました。総務省の幹部の方からは、「日本では、歴史のある事業者と新興の事業者の間に利害の 相違があり、意見が割れているが、他の地域ではそういうことはないのか?」というご下問がありました。その時のGSMA側の答えは「自分達の知る限り、そ のような意見の対立はない」ということでしたが、その後調べてみると、次のような事情があったことが分かりました。
実は、当初は、欧州最大の事業者であるVodafone(英)は反対の立場をとったらしいのですが、「それでは」ということで、 Telefonica(西)、T-Mobile(独)、TIM(伊)、Orange(仏)の4社間で話が進んだので、Vodafoneも最終的には賛成に 回ったそうです。最近、「世界第二位のVodafoneと世界第五位のTelefonicaが、いくつかの地域でネットワークの相互乗り入れに合意した」 というニュースも入ってきています。
私は、勿論、日本でのネットワーク・シェアリング反対論者の背後にはドコモがいることを知っていますし、そのこと自体については、別に「怪しからん」など とは思いません。ちょっと大袈裟な話になりますが、この話は、私がもう二十年以上も前に、当時の米国の大統領だったロナルド・レーガンのブレインだった人 の、親しい友人から聞いた話を思い出させます。このブレインは、レーガン大統領に、ソ連との徹底的な軍拡競争の継続を進言していました。彼の論点は、「中 途半端な軍縮を行えば、ソ連経済は何とか現在の軍事均衡を維持できるが、軍拡が続けばもはや支えきれなくなり、ソ連は屈服せざるを得ない」というものでし た。現実にレーガン大統領はこの進言を容れ、結果としてソ連は崩壊しました。
ですから、今、ドコモの中で、「徹底的な設備拡張競争にソフトバンクなどの新興事業者を誘い込もう。そうすれば彼等の資金力ではついて来られなくなり、対 等の立場での競争をあきらめるかもしれない」というような議論が仮にあったとしても、私は別に驚きません。資本主義は弱肉強食の世界ですから、競争に勝つ ためには、どんな戦略があってもおかしくないからです。
しかし、今、大所高所から通信事業者のあり方を論じたり、それを律するための国家政策を論じたりしている人達が、このような議論をサポートするとすれば、 私にはそれは許し難いことのように思えます。これらの人達が考えるべきことは、「どうすれば業界全体の設備投資効率を上げ、ユーザー価格を下げられるか」 ということでなければならないからです。また、「新規事業者を経済的に追い詰め、真っ向勝負をあきらめさせる」などという「強者の戦略(雪だるま戦略)」 に加担することは、「競争を促進することによって、ユーザー価格を下げさせる」ことを考える立場にある人達にとっては、決してやってはならないことだから です。