昔は日本の総理も在任期間が長い人が多く、また、それを社会が受け入れてきました。佐藤榮作、吉田茂、池田勇人、岸信介氏といった名前は日本がゼロスタートを切って成長という高度を上げる時期に活躍された方々です。そして中曽根康弘氏がバブルという絶頂期前の82年から87年に長期政権として走り抜けました。
社会が成熟するとは百花繚乱、あるいは百家争鳴といったように思想や嗜好が開化するときでもあり、日本の様にほぼ単一民族の国家では社会構造的にかじ取りが更に難しくなることもあります。安倍首相が圧倒的支持率で持って迎えられたのは自民党政権に戻って良かったという安ど感と共に「経済の安倍」を売り込んだからであります。経済が良くなることは国民一致の願いですからそれに文句を言う人はあまりいません。
企業の社長が長く勤められるのも成長とか儲けるといった分かりやすい切り口に支えられているからです。ところが、そこに思想が入ってくると残念ながら世の中を二分するほどのボイスが生まれるのも世の常です。原発しかり、安保しかりです。
北米においても同様で、公共放送からプロパガンダ的な声が聞こえてくることもあります。カナダでラジオをつけていると政党戦略のコマーシャルが聞こえてくるのですが、相手の党首を名指しで酷評するのは当たり前で余り耳触りが良いものではありません。しかし、ディベートを通じ、国民や市民のマインドをしっかりつかむのが欧米式のやり方であって成熟国の性でもあります。
安倍首相が安保の問題で先を急ぎ過ぎたという声が高まっています。日経/テレビ東京の世論調査では内閣支持率は38%、不支持が50%と大きく数字が動きました。支持率の急落と不支持の急騰は安保だけではなく、国立競技場の問題も当然前哨戦としてあったはずです。あるいはどこかに行ってしまったアベノミクスも気になります。
日銀と二人三脚で始めた異次元の緩和は2%のインフレが2年で達成できるはずでしたが、全くその気配はありません。同じ出来ないお約束でも「惜しかったね」なら良いのですが、思惑とはだいぶ違った点について黒田総裁からきちんとした反省の弁が聞こえてきません。その黒田総裁と安倍首相の関係も遠い感じに見受けられます。二人とも我が強いですからそりが合わなくなればそれまでなのでしょう。しかし、放置も出来ないはずです。
安倍首相の安保関連法案は戦略ミスだった気がします。憲法専門家が憲法審査会で三人とも違憲と発言したことが第一のミス、そしてそれでも強引に突っ切りろうとしているところに第二のミスが見られます。野党のボイスも理路整然としているわけでもないのですが、今回は与党が論理性に盤石さがない所に岸信介氏の安保と同じスタイルになりつつあるところに残念な気持ちがあります。
安倍首相がこの関連法案を通したところで解散が絶対にないと言い切れない気もしてきました。岸さんは「安保改定がきちんと評価されるには50年はかかる」という言葉を残して辞任しました。安倍首相も同じことを言うのでしょうか?
確実に言えることは政権の初期は高い支持率で政権末期には支持率はドンドン下がるのは世の東西を問わないという点です。オバマさんも隣の朴さん、更にブラジルのルセフさんに至ってはあまりにもひどい状態です。それは政権に対する期待が高すぎて長期になればなるほどそのギャップが大きくなるためでありましょう。私が冒頭に経済が一方向に向いている状態の時は長期政権でも安定するという趣旨を述べたのはそういうことであります。
かといって私は安倍首相が安保関連の議論を日本に巻き起こしたのは正しいと思います。日本が10年後、30年後、50年後にどういう姿とすべきか、これは国民一人ひとりが考えるべきです。但し、国民にもう少し、基礎教育もすべきかと思います。先日も申し上げましたが今や戦争を知らない人が主流であって、その意味合いはまるでネットで罵り合うレベルの延長戦ぐらいにしか思っていないかも知れません。
今、日本人に戦場に行け、と言って誰が行きますか?それは中国人でも韓国人でもアメリカ人でも同じです。昔のスタイルの戦争の時代ではないのです。一方で今の反対派のボイスはまるで我々がいま今、赤紙を貰うようなトーンにも聞こえます。そんなことは全くないわけでその基盤の変化を踏まえて議論しないといけないでしょう。
その点では私はやはり安倍首相の説明は甘かったと思います。岸さんが50年後に分かるだろうというのはパワーを持った者の驕りであり、分かりやすさがなかった点は否めません。
日本ではケチがつくとがたがたと音を立てて崩れるケースがしばしば起きます。安倍首相の存在は非常に重要である点を踏まえ、もう少し、注意深く、思慮深く、歴史に残る大首相になるためのステップを踏んでもらいたいものです。
今日はこのぐらいにしておきましょう。
岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 7月28日付より