中央アジアと東ヨーロッパの境目に位置しているカスピ海は日本全体の僅か一部領土を残してすっぽり入る広さである。
カスピ海を囲んでいる国はロシア、カザフスタン、トルクメニスタン、イラン、アゼルバジャンの5か国である。
8月12日、この5か国の間でカスピ海の領有権についての合意がカザフスタンのカスピ海に臨む都市アクタウで結ばれた。ロシアとイランを除いた3か国はソ連の一部であったことからソ連はイランとの協議だけでこと済んでいた。
しかし、ソ連が解体して新しく複数の国家が誕生したことによって、カスピ海は5か国に囲まることになり、そこに各国の利権が絡むようになっている
特に、カスピ海の海底には石油と天然ガスが埋蔵されて、その量は世界でトップクラスと推定されており、5か国の間でこの発掘の為の領有権の明確化が必要とされていた。
今回の合意に当たって、カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ大統領は次のような発言をしている。
「(カスピ)海の協定の合意に至るのは非常に難しいものであった。協議は20年以上も続き、全ての参加国が一緒になって可成りの努力が求められた」。
今回の合意に至る過程で一つの争点となったのは、カスピ海を「海」として認めるかあるいは「湖」とするかという点であった。協議の結果、カスピ海は「海」とすることで合意、しかし、海洋法の適用ではなく特別の法的取り決めをするとした。即ち、各国の沿岸から15カイリを自国の領海とし、その先10カイリまで漁の可能区域とするとした。その更に沖は5か国が共有するとした。
この決まりによって、一番領域の分配が少なくなるのはカスピ海に面した沿岸が他国に比較して狭いイランである。それを今回の合意では受け入れたが、将来この点についてどのような形でそれを埋め合わせるのか協議が必要だとされている。イランの言い分が十分に反映されなったことで、イラン国内ではこの合意に非常に不満が高まっているという。特に、ロシアを前に譲歩し過ぎたという意見が強い。
しかし、ここで問題になるのは海底の油田は決められた領域に埋蔵されているのではなく、広範囲に分散している。それをどのようにして5か国で分割するのか今回の合意では明確にされていない。更に、将来鉱床を発掘するのにその区域の分担も明らかにされていない。
例えば、今回の合意でトルクメニスタンはカスピ海の海底300キロの距離にガスパイプラインを建設してアゼルバジャン経由でトルコを中継してヨーロッパに天然ガスを供給する構想を描いている。その建設費用は15億から20億ドル(1650億円―2200億円)と見込まれている。政治的意欲があればそれは可能であるとされている。しかし、専門家の間ではトルクメニスタンの天然ガスまで求める需要は現在のヨーロッパにはないと見れているとしている。
とはいえ、今回の合意で軍事的にも5か国以外はカスピ海を利用できないとしたことは、北大西洋条約機構(NATO)ができるだけロシアの勢力圏に近づこうとしているプランを牽制する意味でロシアにとって重要な内容である。この5か国の中でもロシアとイラン以外に軍事力の増強により強い関心を示しているトルクメニスタンは2007年に米国との協力に関心を示していたということはウィキ―リークスによって明らかにされている。
しかし、今回の合意を容易にしたロシアについての言及はあまりない。長期的に見ればロシアにとって他の合意した国からの天然ガスのヨーロッパやアジアへの供給が増えてヨーロッパからロシアの天然ガスへの依存度が低下する可能性がある。
それを承知でプーチン大統領がこの合意を積極的に推し進めたのは中国が推進しているシルクロードに対抗してカスピ海を囲む地域の地政学的な優位性を確保するためである。中国はイランを介して南ルートの開発も進めていることを牽制する意味もある。
この様な意味でも、今回の合意で間接的に恩恵をもたらすのはトルコである。カスピ海の石油と天然ガスのヨーロッパへのパイプラインの設置としてアゼルバジャンのバクーからグルジアのトビリシを経由してトルコのカルス或いはジェイハンに輸送するルートTANAPが建設されているが、この合意はそれをより発展させるものになる。
その意味でもロシアと中国は、トルコの上海機構(OCS)とロシアが軸となっている<ユーラシア経済連合(EEU)への加盟を要望しているのである。OCSはNATOに対抗したものであり、EEUはEUと同等の組織である。
トルコはそれに関心を示してはいるが、トルコの建国の父であるケマル・アタチュルクの時からヨーロッパ圏に加わることがトルコの願望とされており、エルドアン大統領もその希望を現在も踏襲している。