ウィーンの国連本部で国際原子力機関(IAEA)の第62回年次総会が17日から5日間の日程で開幕した。170カ国の加盟国が参加し、核エネルギーの平和利用、核技術協力の促進のほか、イラン核合意の行方、北朝鮮の非核化などの議題について話し合う。
その中、3期目に入ったばかりの天野之弥事務局長(71)が緊急手術のため、総会前の9月理事会から不在の状況が続いている。IAEA関係者には緘口令が敷かれ、事務局長の手術の件は総会前の理事会初日(今月10日)まで発表されなかった。
IAEA関係者によると、「事務局長の強い要請で病気のことは公表できない。事務局長はオーストリア国外で治療を受けている。来月初めにはウィーンに戻る予定だ」というだけだ。天野事務局長が欠席中の理事会、総会は初めて。
天野事務局長が病欠とわかると、閣僚レベルの代表団を総会に派遣するのを見送る加盟国も出てきた。加盟国だけではない。総会へのメディアの関心も薄れていった。仕方がないことだ。事務局側のトップが不在では写真にもならないし、参加する閣僚の数が少なくなれば、総会自体も活気がなくなる。
ウィーン国連関係者が語ったところによると、天野氏はがんにかかっているという。手術で腫瘍を完全に撤去できれば、回復は十分考えられるが、IAEAの職務を考えると、手術上がりの事務局長にとっては激務だろう。任期を残して辞任する可能性も十分考えられる。
天野氏は総会初日の17日、1分45秒余りのビデオ・メッセージを通じて加盟国にあいさつした。かなり痩せた。それ以上に、声がかすれているのが気になった。天野氏は総会の成功を祈ると共に、可能な限り早急に職務に戻る意思を表明した。
基調演説でイランのアリー・アクバル・サーレヒー原子力庁長官は17日、天野氏のことに言及し、「ハードワーカーの事務局長の快癒を願う」と述べていたのが印象的だった。天野事務局長が米国からの圧力にもかかわらず、「イランは包括的共同行動計画(JCPOA)を遵守している」と理事会では報告してきた。何度もテヘランまで足を運び、現地視察を行ってきた。イランは天野氏の真摯な言動を最も評価している国ともいえる。
新しい「友」ができれば、「敵」も出てくるものだ。イランの核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国はJCPOAで合意が実現したが、トランプ米大統領は5月8日、イランの核合意から離脱を表明、イランの核問題は再び流動的となっている。
天野氏はIAEA事務局長に初めて選出された時、米国に対し「私は米国の意向に沿っていく」と、当時の駐IAEA担当米大使に忠誠を表明したという情報が流れ、一時話題になった。その天野氏が、米国側のイラン核合意離脱発言が出る度に「イランは核合意を守っている」と発言、イラン側の主張を擁護してきた。それゆえに、トランプ大統領やボルトン大統領補佐官などイラン核合意離脱派が激怒し、天野叩き、IAEAバッシングが始まったばかりだ。その時、天野氏は病に倒れた。ストレスが大きな誘因となったことは間違いないだろう(「トランプ氏が“天野氏叩き”を始めた」2018年5月26日参考)。
在ウィーン国際機関日本政府代表部の天野之弥大使(当時)は2009年7月3日、世界唯一の被爆国日本から初めてIAEA事務局長に選出されたが、当選に必要な有効票の3分の2を獲得するのが大変だった。文字通り、難産だった(「『反対から危険に回った国』を探せ」2011年11月14日参考)。
その後の天野氏は加盟国から全面的信頼を得て、2期を務め、昨年12月から最後の3期目に入ったばかりだ。イラン核問題や北朝鮮の非核化問題など多くの課題が山積している。経験豊富な天野氏の活躍が願われている。健康を早期回復され、有終の美を飾って頂きたい。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。