世界が注視する安倍晋三首相の中国公式訪問(10月25~27日)は大成功に終わった。日本の首相の訪中で、これほど注目されたのは、国交正常化交渉のために行われた田中角栄首相による1972年以来だ。
気味が悪いほどの歓待で国賓級の待遇だった。対中ODAに区切りを付けたわけだが、中国のマスコミが、日本による経済協力がいかに中国の経済発展に寄与したのかを「感謝」という言葉とともに報じていた。 環球時報の胡錫進氏はSNSで「一言お礼を言いたい」といっている。
舞台裏では、中国側もそのありがたさを認めてはいた。私も、のちに副首相もつとめた呉儀貿易大臣から、「いかに円借款が中国人民の辛い思いを癒やしてきたことか」という言い方で継続を要望するのを直接聞いたことがある。1993年のことだ。その会談のあと、「そういうように中国国民に言って欲しいよね」と同席者で語り合ったことあるが、40年に渡る対中ODAの最後にお礼をいってもらったので、率直にうれしい。
この豹変ぶりには、日本のマスコミも戸惑いを隠せない。あの中国べったりのNHKは、日米関係への悪影響などを心配したり、ウイグル族収容所の問題を報道したりして恋人が恋敵に傾いたのでストーカー行為をする男さながら。
朝日新聞は、
安倍氏にとって、今回の訪中は「何としても成功させなければならない」(政府関係者)事情があった。ロシアや北朝鮮などで大きな成果が見通せない。一方で、経済関係の深化に前向きな中国とは利害が一致する。関係改善をアピールすれば、政権として外交の成果を国内外に印象づけられる。
と、あたかも日本側から接近したような粉飾。
逆に産経新聞は社説で『日中首脳会談 「覇権」阻む意思が見えぬ 誤ったメッセージを与えた』と安倍批判。
今度こそ理想の日中関係が実現する淡い期待
しかし、私は今回の日中接近は、今後、うまく、コントロールできれば、明治以来、日本が望みながらうまくいかなかった図式が、ようやく中国政府の理解のもとで進むきっかけになる期待があると評価している。ただし、期待があるということは結果を保証するものではない。
中国としては、米中貿易戦争や、ウイグル族の強制収容所問題で、すっかり「中国=悪の帝国」というイメージが定着するなか、安倍首相に仲介役を期待してのことだろう。そういう意味では、下心が見えすぎだが、せっかくの雪解けムードなのだから、警戒しつつもこれを生かしたい。
今回の訪中では、「競争から協調へ」「脅威ではなくパートナー」「自由で公正な貿易体制の発展」とする3つの新たな原則が確認された。
ここ5日間、私は古代からの日中関係を論じてきた。近代についていえば、欧米的な先進国としての脱皮に先行して成功した太陽である日本が、月である中国にモデルを提供し、中国の近代化に貢献してきたのである。
中国がこれを感謝し、日本を仲立ちとして先進国世界の秩序の中に入っていこうというなら、すべてはうまくいくはずなのである。いってみれば、先に脱亜入欧に成功した日本が、中国の脱亜入欧に導くということだ。
しかし、現実には、中国は大国としての自負が強すぎて、近代化を躊躇し、また、少し中国に風がいい方向に吹くと日本を出し抜こうとしてきた。
そして、日本も「中国は信用できない」と考え、これを力でねじ伏せようとしたこともあった。領土や利権をめぐる隣国間でありがちな対立もあり、それが不幸な日中戦争に発展した。そして、中国は戦争には勝ったが、痛めつけられた国民政府は共産党に敗れ、そのもとで、経済は長期にわたって低迷した。
日中国交正常化から、40年ほど日本が推進してきた外交政策は、「アジア・太平洋協力」という枠組みをつくり、日本が米中二大国の間の諸国を束ねて、特定の国が覇権を握るわけでない国際秩序をつくることであった。
その善意を中国が理解してくれれば、アジアは栄え、地球文明の中心になっていけると思う。
「一帯一路」歴史に学ぶべきは中国の方だった
そもそも、「一帯一路」は「大東亜共栄圏」の中国版に過ぎない。一見、もっともらしいのも共通だ。ただ、ひとつには、「大東亜共栄圏」は、日本主導が明白すぎたのと同じように、「一帯一路」は中国主導がはっきりしすぎだ。
また、「大東亜共栄圏」は西太平洋は日本のシマであるという意識が明白だったからアメリカやイギリスを怒らせた。習近平は、「太平洋は米中二大国にとって十分広い」とかいったが、これは、西太平洋を自分のシマにしたいと宣言したようなものだった。これには、アメリカや東南アジア諸国だけでなく、オーストラリア、インド、そして南太平洋に領土をもつフランスまでが、飛び上がった。
習近平はしきりに日本が歴史に学べといったが、日本の失敗に学ぶべきは中国であり、習近平だった。日本は自分たちがいつか来た道を中国が歩んでいることを教える立場だった。
また、明治や大正の日本が脱亜入欧路線をとり、政治体制においても英仏米などより一歩遅れながらも先進国らしい方向を目指したのに対し、昭和の日本は独自の方向に傾いたのが誤りだったし、軍隊も国際法を遵守する模範的な軍隊から、独りよがりな武士の世界に走ってしまった。
中国も習近平以前は、いずれ民主化するような顔をしていたが、習近平は「中国の特色ある社会主義」とかいって、将来の民主化に否定的になってしまった。
WTO加盟にあたっても、中国がいずれ先進国ルールに従うだろうと思って甘い基準で加盟を認めたが、知的財産権や政府の干渉でも改善がみられないどころか、先端的な分野での産業スパイの横行はついにアメリカの虎の尾を踏んだ。
こういう状況を甘く見た中国に我慢できなくなったアメリカが自分たちの経済にかなりの一次的な損害があってもという覚悟でしかけたのが米中貿易戦争である。しかも、これはトランプの独走ではない。米国議会はトランプ以上に強硬だ。そして、人権問題では、ヨーロッパが怒りだした。
綱渡りの日中接近、最大の不安要素は?
このような状況のもとでは、一帯一路も日本との協力のもとで、雇用や環境、事業の採算性なども含め、国際的なルールや慣行からして無茶なものにならないブレーキがかかっていた方が長い目で見て中国のためになるし、国際社会も歓迎するということに中国も気づき、アメリカなども歓迎し、アフリカやアジアの国も無茶な債務を伴うような計画を押しつけられなくなるので「八方良し」なのである。
これは綱渡りみたいな話である。しかし、安倍首相とトランプ大統領をはじめ、世界各国首脳との良好な関係が、中国にとっても、助け船になるからこそ、中国は接近してきたのであろう。
もちろん、これがうまくいくかどうかは分からない。おそらく、いちばんの不安要素は、安倍首相の地位が安泰かどうかであろう。来年の参議院選挙で勝利でき、あと3年、安定した政権運営ができるかどうかは、世界の繁栄と平和にとって、重大な関心事になってきたと言っても過言でないのかもしれないし、世界から4選を願う声が出てくるかもしれない。
日本経済新聞は、このあたりを次のように報じているが妥当なところだろう。
トランプ米政権は今回の安倍晋三首相の中国訪問を契機とした日中協力の進展が、中国の行動是正につながるよう期待している。注視しているのは、対中けん制に向けて日本との協力をさらに強化しようとしている経済分野だ。米国の国益に真っ向から反しない限り、日中の接近を問題視しない構えをとっている。
首相は中国の広域経済圏構想「一帯一路」への協力も選択肢に入れる。ユン・スン米スティムソン・センター東アジアプログラム研究員は「一帯一路のプロジェクトを環境に配慮したり、(現地労働者の雇用確保など)社会的に受け入れやすい形にしたりするよう日本が後押しすれば、米国にとって悪い話ではない」と指摘した。
一帯一路はかねて環境保全対策の不備などの問題点が指摘されてきた。首相は26日、日中のインフラ協力については透明性の確保が前提になるとの認識を表明。インド太平洋地域のインフラ整備の支援に向けて米が設けるファンドでも透明性や持続可能な開発を重んじる方針を掲げており、日米の足並みはそろう。
今回の訪中が、そのスタートになればいいと考える。
日中とも朝鮮半島に振り回されるな
朝鮮半島については、日中両国の信頼関係が揺るがなければ、ゴタゴタの種にならない。半島の政治家たちの権力ゲームに振り回されたら、ロクなことがないのは、日中が2000年かけて学んだはずだ。
両国の関係が安定したものになれば、その恩恵は半島にも及ぶわけで、むしろ、半島の政治家たちをパッシング(無視)することこそ南北朝鮮の国民の利益になると思う。
日本と韓国が手を取り合って、米中二大国のあいだにある諸国を引っ張って行ければよいというのは、机上の議論としてはあるが、もう諦めた方良い。日本統治から時間がたてばたつほど憎しみをエスカレートさせ、新たな無理難題を突きつけてくる国が変化するとしても何世代ものちのことで、現在の世代のあいだの選択肢にはなりそうもない。