手早く、手ごろに、お腹いっぱい食べられるのが魅力の社員食堂。限られた休み時間に社内で効率的に食事をとれるのは、忙しいビジネスパーソンにとって強い味方です。産労総合研究所の調査によると、日本企業の約4割、大企業では7割以上が設置しているといいます。
そんな社員食堂は近年、ただ社内で昼食をする場から変化し、多様な役割を担い始めています。上記調査の大企業のうち約4割は過去2~3年に開設や改装を行っており、メニューの充実や食堂空間の活用方法の拡大をする企業も増えているようです。
ヘルシーメニューはいまや大半の社員食堂にある
その代表的な例がヘルシーメニューです。安さとボリュームが重視されたひと昔前にはあまり見かけませんでしたが、今では魚や野菜を豊富にそろえた定食や、管理栄養士が監修したメニュー、一日に必要な野菜350gがとれるメニューなどを多くの社員食堂で見かけます。上記調査では、社員食堂を備える企業のうち約64%がヘルシーメニューを置いているといいます。
ヘルシーメニューが社員食堂に広がっていった背景には、2000年代に入って盛んになった健康ブームがあると考えられますが、近年は設置する企業側の目的はそれだけにとどまらない印象を受けます。社員の健康づくりをサポートする福利厚生の意味合いから、健康づくりを通して社員のパフォーマンス、さらには企業としての生産力向上につなげようという健康経営の視点が加わるようになったのです。
通うほど健康になる社員食堂
その一例が、無添加化粧品や健康食品などでおなじみのファンケルです。同社は、神奈川県が推奨する未病のコンセプトを取り入れた「ファンケル学べる健康レストラン」を本社に設置。「塩分2 g以下」、「適正カロリー」、「脂質コントロール」、「野菜量120 g以上」、「食物繊維6 g以上」、「抗酸化力の高い青汁を使用」、「肥満になりにくい発芽米を使用」「栄養バランス」の8つのこだわりを持つ多彩なメニューを提供しています。メニューに含まれる青汁や発芽米には自社製品を使用しています。
また、スマートフォンで食生活診断をしたり健康アドバイスを受けたりできるサービス、料理教室なども行っています。料理をヘルシーにするだけではなく、「通えば通うほど健康意識が自然と身につく食堂」として、社員の生活全体に関わる健康づくりをサポートしています。
これらのサービスは2017年に神奈川県の「ME-BYO BRAND」に認定され、健康経営を目指す他社や自治体への導入もすすめられているようです。
健康ブームの高まりで、いまは健康的な食事をとろうと思えば、コンビニやファストフードでもヘルシーなメニューを選ぶことはできます。そもそも自分でお弁当を持参すれば自由に献立を組み立てられます。しかし忙しいビジネスパーソンにとって、自分でお弁当を作ったり、限られた休憩時間中に昼食を買いに外に出て、食事を選ぶのは時間も手間もかかります。
また、一般的なお店では選べるメニューに限りがあり、毎日の食生活を健康的に維持するには工夫が必要でしょう。勤務先の会社内にこのような食堂があれば、社員個人個人が健康的な食生活を維持できるうえ、社員全体の健康リテラシーを高め、商品やサービスの開発アイデアにもつながりそうです。
出典:(神奈川県サイト)<ME-BYO BRAND> グローバルに未病産業をリードするトップランナー!
出典:(社食.com)ファンケル社の社員食堂がリニューアル。神奈川県『ME-BYO BRAND』取得に伴い試食会を開催
社員のパフォーマンス向上の実証実験にも活用
社員食堂を企業の生産性アップのツールとして科学的に活用しようとしているのがヤフーです。同社は2016年、本社機能の移転時に座席数822席、広さ3300㎡の社員用レストランを開業。1日あたり約2600人にのぼる利用者の注文データから、社員がどのような食事をとっているかを分析。一人で食べている人は約6割、他の人と一緒に食べている人は約4割いると推定されることや、週に2~3回利用する人が多いことを明らかにしています。
今後はこうした社員食堂の利用のしかたや食事の選び方と、健康診断データや仕事のパフォーマンスとの関連性を分析することで、エビデンスに基づいた快適な就業環境の整備を目指しているようです。
出典:The 32nd Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence, 2018
社内のコミュニケーションの場から社外とのつながり、ビジネス発展への活用も
一方、社員食堂はコミュニケーションの場としても大きな役割をもっています。マルハニチロホールディングスが2013年に行った調査によると「社員食堂があることは、社内のコミュニケーション活性化につながる」と考えている人は58.7%。日常業務では仕事の話しかしない同僚や上司とも、食事の場では趣味やプライベートなど違った話題で盛り上がり、親近感が高まるかもしれませんし、業務では関わらない他部署の社員と関わるチャンスもあるでしょう。
ヤフーは、そんな業務外の関わりによるビジネスの活性化を、社外にまで広げようともしています。同社には社員専用食堂のほかに、社外の人も利用できるコラボレーションスペースを設置。Wi-Fiと電源が完備された広大なフロアには多様なデザインのデスクとチェア、ソファなどがスタイリッシュに並び、スタートアップ企業や個人など誰もが無料でワークスペースとして利用できます。
ミーティングスペースやイベントスペースもあり、利用者同士やヤフーとのつながりを創り、新たなビジネスのきっかけにつなげる場として活用されています。
このワークスペースには食事を持ち込めるほか、レストランとカフェも併設されています。社員食堂のもつコミュニケーション醸成機能をそのままに、ビジネス空間として門戸を社外にも広げているところは、もはや社員食堂が「休憩時間に利用する食事の場」という定義にはおさまらないことを感じさせます。
参照:ヤフージャパンサイト
参照:社食.com
働き方改革によって、ビジネスパーソンには多様なワークスタイルが認められるようになりつつあります。しかし同時に時間外労働の削減により、限られた就業時間中により高いパフォーマンスが求められるようにもなっています。
上述のマルハニチロの調査によると、ビジネスパーソンがランチにかける時間の平均は26分。約1時間の休憩時間のうち半分程度で済ませる食事の時間は、単なる食事から健康づくりの時間に、オフの時間からオンにもなりうる時間になりつつあるのかもしれません。
そのなかで、社員食堂は社員の生産力向上や経営戦略、ビジネスマッチングなど、多様な機能を期待されているようです。今後は昼休みの1時間だけのためではない、業務の底力ともいえる存在になっていくような気がします。
加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、健康経営アドバイザー
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト
この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。
『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。