上下水道の民営化を進める近道とは 〜 まずは評価と情報公開から

前回は、今後の公的インフラの民営化の中心はおそらく上下水道になるが、実現に向けては、個々の地域事情、そして首長と議会の二元代表制の政治状況によっては一筋縄ではいかないといった事情を解説した。今回はその上で、現実に各自治体がどうすれば民営化を進められるのか、具体策を提案したい。なお、以下は筆者が大阪府、大阪市、東京都、新潟市等各地の上下水道事業の現状分析にかかわった経験に基づく共通的考察である。

個々の自治体で具体的にどう進めていくか

写真AC:編集部

上下水道の民営化の対象と範囲は個々の自治体が置かれた状況に合わせて考えていく。「民営化」というとかつての国鉄や郵政、大阪市営地下鉄のように事業体全体、つまり水道局や下水道局全体を丸ごと株式会社にするイメージがある。だがこれは誤解である。

上下水道の民営化は、事業体の一部(例えば浄水場、処理場、管路などの一部施設)について行われる場合がほとんどである。丸ごと株式会社化する、あるいはコンセッションにしても事業全体を民間企業に委ねる例はまれである。なぜなら事業全体となると公共性が極めて高い。災害時対応を含む民営化に伴うリスクを管理する必要がある。また、全ての機能を民間に委ねると、自治体側が契約更新時の発注能力や技術の目利き力を失ってしまう可能性がある。だから一部機能を行政機関に残しておくべきという判断もある。

民営化対象の切り出しと手法の選択

さて、水道も下水道も施設は大きく「管路」と「施設(浄水場、下水処理場、ポンプ場など)」に分かれる。これらに適用される民営化の手法には、前回解説したコンセッション(公共施設等運営権制度)や、包括委託、部分委託などがある。その上でさらに施設建設や運営ではPFI を使う場合もあり、まさにケースバイケースである。

さらに実際の民営化の検討プロセスでは、多種多様な施設、場所、機能について、具体的に受け手となる民間事業者がいるかどうか、そこの能力はどうかも精査する必要がある。その洞察の上に事業全体をどう切り分け、どの部分(施設、場所、機能)にどういう民営化手法を適用するかを設計する。そのうえで競争入札を経て実際の事業者が現れ、条件が整ったときにやっと民営化が実現する。

地域によっては受け手となる事業者が現れない場合もある。例えば古くて大きな「A浄水場」が老朽化していて高コストだったとする。どこも自信がなくて受け手が現れなかった場合には、例えば「A浄水場」と新しい「B浄水場」を抱き合わせで包括委託に出してみる、といった臨機応変の工夫が必要だ。最終的には例えば7つの下水処理場のうち2つはコンセッション、3つは直営、1つは廃止、1つは包括委託といったまだら模様の答えになることもあるだろう。管理運営形態は公共性、競争性そして持続性の3つの視点からベストミックスを探求する。

ちなみに、管路については従前から地元の事業者が日常的な維持管理や改修を受託している(部分委託)。だが、さらなる効率化を目指すなら、例えば広いエリア全体の管路の維持管理はもとより、更新までセットで丸ごと大手企業に30年間にわたって任せるといった手法(包括委託)がありうる。この場合、民営化の対象となる業務は実は現場作業ではなく、個別工事の地元業者への発注業務となる。実際、多くの自治体では技術職員が不足し、民営化の準備作業をやる職員すら足りない。冗談のような話だが「民営化の作業自体を民営化したい・・」といったつぶやきすら耳にする。要は民営化イコール現場の作業の外出しというかつての常識、固定観念は捨てる必要がある。

このように民営化の対象は、目に見える施設や設備の維持管理だけではなく、改修や更新の作業、そして設計や事業運営そのものまで含まれる。納税者からすれば下水道局は税金の対価として約束したサービス、例えば「毎月〇〇円の料金で床下浸水の確率が0.3%に抑えられる」などの成果を出してくれればいい。公共工事で“性能発注”という言葉があるが、インフラの民営化も同じである。住民から見たアウトカム(成果)とバリューフォーマネー(直営時代と比べた改善効果の差分)を最大化する方法を現実的かつ柔軟に考えていく。

まずは現状の“見える化”から始める

その意味で個々の自治体が最初に行うべき作業は、ひたすら現状分析の評価、つまり数字による“見える化”である。その上で、今の設備、人員、予算を抱えたまま事業運営していくと将来どうなるかをシミュレーションする。政策評価と将来予測が大切だ。

例えばある自治体の例でいうと、ここは最近、下水道事業の将来予測をした。すると今のやり方をずっと続けた場合、人口減少と収入減に加え、老朽化に伴う設備更新費用がかさみ、15年後から大幅な赤字に陥るとわかった。それだけではない。道路の陥没やポンプの故障がじわじわ増えていた。

ところが維持管理の予算と人員は増やせていない。そもそも設備更新作業を発注する職員の数すら足りない。さらに維持管理費の増額要求の作業すらままならないくらい人手が不足していた。

こうして将来の事業と収支の絵姿を“見える化”していくと、おのずから危機回避のための早めの打ち手が分かってくる。例えばある市では、規模の大きな古い浄水場の運営はなるべく早く民間企業に任せ、その延長線で設備更新もその企業に委ねるのが得策とわかった。この自治体の場合、過去にも民営化の議論があった。

しかしその時は「再雇用職員を使えば外注より安い」「職員の雇用は守ろう」といった議論で沙汰やみになったらしい。だが今や問題は毎年の維持管理費ではなく、将来の設備更新費用と技術者の不足が問題だとわかってきた。

このように事実と数字をもとに現実を見据えていくと、民営化といっても多種多様ということがわかる。上下水道の場合、民営化とはもはや役所では対応できない設備更新に民間の技術、資金、人材を導入すること、そしていいパートナー企業を早めに確保するために日常の維持管理の段階からその企業にお願いし、日常の運営のなかから準備を始めてもらうのがよい、といった新しい公民連携の姿が見えてくる。

80年代のステレオタイプ論からの脱却

このように多くの自治体の上下水道の民営化は、これまでの国鉄、郵政などの民営化とは目的と内容が異なる。空港コンセッションの場合はまだ国鉄民営化に似ていた。管制を除く、空港の事業と施設のほぼ全部を民営化する作業だった。しかし上下水道は違って、むしろ逆である。そこでは公務員の余剰ではなく、技術者の不足が問題である。また、経費の節約が課題ではなく、前倒しを含む投資の最適化が課題になっている。

早い者勝の世界

さらに言えば、上下水道の民営化は自治体間の競争でもある。リスクに早く目覚めた自治体はいいパートナー企業を確保し、早くからWIN-WIN関係が構築できる。ところが何もしないでいると、どこの企業からも相手にされない。挙げ句の果てに、高い金を払ってあまり能力が高くない企業に助けを求め、苦労することになる。あるいは隣接する市区町村に救いを求めたり、不利な条件のもとで事業を経営統合される運命になりかねない。

「地元の水は自分で管理したい」という市町村は多い。それならば、今の段階から維持管理に企業の参画を仰いでおくに越したことはない。設備更新をどうするかはその上で改めて考えればよい。上下水道の民営化は、多かれ少なかれ、程度の差こそあれ、全ての自治体で考えなければならないテーマなのである。


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏(大阪府市特別顧問、愛知県政策顧問)のブログ、2018年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。