徴用工判決:日本人弁護士の「国際裁判でも韓国が勝つ」を読んで

高橋 克己

韓国裁判所による一連のいわゆる徴用工判決に関連して、韓国中央日報は2月11日「強制徴用判決、ICJ・仲裁に進んでも韓国が勝つ」と題して、そう述べる日本人弁護士のインタビューを掲載した。

2018年11月29日、三菱重工に対する訴訟で韓国最高裁の判決を待つ原告団(KBSより:編集部)

同紙がこの種の訴訟で原告を支援する日本人弁護士や識者などの談話を載せるのは初めてでない。筆者はそれらの論に首肯することも違和感を覚えることもある。が、自分と違うお考えを伺うのは勉強になる。それでいつも興味を持って拝読する。

今回弁護士氏がそう述べる理由の一つ目は次のようだ。

「何より日韓協定によって消えたのは『外交的保護権』であり、個人の損害賠償請求権は残っているという事実を日本政府が認めた例があるためだ」

「1991年8月の参議院会議で、当時外務省の柳井俊二・条約局長は『日韓協定は両国が国家として持つ外交的保護権を互いに放棄したもので、個人請求権を国内法的に消滅させたわけではない』と答弁した。私も現場にいたが、社会党の清水澄子議員に『日韓協定で個人請求権が消えたことなのか』と尋ねてほしいとメッセージで促してこのような回答を得た」

「それ以前に、日系カナダ人が個人請求権関連紛争で日本政府を相手取って訴訟を起こした時、国家間の協定では個人請求権はなくならないという立場を公式に明らかにしたためだ」

二つ目。

「安倍政府はもちろん、日本の放送番組でも、韓国が5億ドルを受け取った後に自身の判断によってこれを経済建設に使ったから強制徴用被害者に対する支払義務は韓国政府にあるという論理を展開している。事実を知らないからそうなのだ。当時、日本は日韓協定によって、3億ドルに該当する生産物およびサービスを10年間にわたって分割提供した。残りの2億ドル規模の融資も同じだ。現金は全くなかった。その上、どのように使うかは両国政府の代表で構成された合同委員会で決まっていた。韓国政府が思い通りに使う余地がなかったことになる」

「日本企業が韓国に生産設備を建てる形式が多かった。当時不振だった鉄鋼会社の新日鉄(新日本製鉄)から全体金額の10%に該当する5000万ドル分の設備を購入した後、これを韓国に提供することも含まれていた。日本にとっては請求権問題を解決しながら経済的利益を上げることができ、韓国に対する経済的支配を継続できる『一石三鳥』だった」

法律の専門家が韓国の報道機関に対して日本政府の見解と異なる結果になると断言しているのだから、そうかもしれないなあ、と筆者も思いつつ、これまで持っていた知識や考えと異なるところもあったので素人なりに調べてみた。

一つ目の「外交的保護権」と「個人請求権」はこの件が起きてから柳井答弁も含め幾度も報道され、今や多くの国民が知るところだ。条約局長が答弁している以上、日本政府はそれを承知で、その問題も含め65年の日韓国交正常化交渉で完全かつ最終的に解決している、との立場なのだろう。よって、法律の素人である筆者はこの件には触れない。

が、「日系カナダ人が・・日本政府を相手取って訴訟を起こした」件は調べてみた。先の大戦中2万人余りの日系カナダ人が戦時措置法の下に強制移住や不当な財産処分にあった事件で「リドレス運動」というらしい。カナダ政府の公式謝罪と損害賠償で決着したが、全体補償で了とする派と個人補償まで求める派とに被害者側が割れるなどし、1988年の解決まで10年余りを要したという。痛ましい話だ。

日本政府との関りは、被害者の一部から日本政府に支援を仰ぐ案が出されたものの、それではカナダ国民がこの運動をカナダの市民権に関わる問題と見做さなくなる、との懸念から見送られたようだ。よって、弁護士氏が述べたような「日本政府を相手取って訴訟を起こした」記録は見つけられなかった。引き続き調べてみたい。

現時点で筆者は、戦時中にカナダや米国の日系人が敵性外国人と見做され強制収用や財産没収された事案と、日韓併合条約で合邦し同胞となった韓国人が、内地と同様に適用された徴用令などによって(応募も含めて)内地で就労し対価を得ていた事案とを同列に置くことの妥当性を見出せない。

次は二つ目の経済協力の中身だ。弁護士氏は「(日本側は)事実を知らない」と述べるがそんなことはないと思う。念のために『日韓請求権・経済協力協定』の条文をお復習いしてみる。

第一条

1. 日本国は、大韓民国に対し、

(a)現在において1,080億円に換算される3億合衆国ドルに等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から10年の期間にわたって無償で供与するものとする。各年における生産物及び役務の供与は、現在において108億円に換算される3千万合衆国ドルに等しい円の額を限度とし、各年における供与がこの額に達しなかつたときは、その残額は、次年以降の供与額に加算されるものとする。ただし、各年の供与の限度額は、両締約国政府の合意により増額されることができる。

(b)現在において720億円に換算される2億合衆国ドルに等しい円の額に達するまでの長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものを、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたって行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付けを各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように、必要な措置を執るものとする。

前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。

確かに「現金は全くなかった」が「どのように使うかは両国政府の代表で構成された合同委員会で決まっていた。韓国政府が思い通りに使う余地がなかったことになる」というのは違うと思う。その理由は大きくは二つある。

一つ目。確かに5億ドルは「日本国の生産物及び日本人の役務」に対して日本に支払われると条文は読める。つまり「行って来い」でそのお金は日本に還流する。が、日本のODAもそうだが、それは技術の進んだ先進国が発展途上国に対して行う経済協力の定型で、まさに両国Win-Winの様式だ。日本だけが責められるいわれはあるまい。

二つ目は「韓国政府が思い通りに使う余地がなかった」かどうかだ。が、それは『請求権資金白書』を読めば韓国がそれを自由に使ったことが判る。その白書は韓国経済企画院が1976年に作成し2014年に公開された。そこには各種インフラから産業機械までの膨大な使途と金額が記されている。筆者は「元サムスン技術通訳が教える韓国語」ブログの日本語訳に依拠する。

なお「個人請求権」についても、「第1章第2節 対日請求権資金の性格と規模」の要旨に

対日財産請求権とは、政府対政府の債権債務と民間対民間で決済されなければならない債務のこと

とある。である以上、日本からの資金が「民民債務」をも対象としていることを韓国は認めていた。つまり、原告個人の民間企業(新日鉄や三菱重工など)に対する請求分も含まれている。

そして資金の用途。「第1章第3節 請求権資金の使用基準」の要旨には

「請求権資金の使用基準を法律化した」

「資金は韓国民全てが均等に受益し国民所得が増加する用途にのみ使用し、韓国政府及び韓国民のみ使用できることとした」

とある。つまり、協定の文言は文言として、韓国は独自にその使用基準を決めたのだ。日本政府がそれを条約違反としてどうこうしたという話はない。

その「第3章第3節 ウォン貨資金の造成と活用」の第2項「民間人に対する補償」には次のくだりがある。

対日請求権資金の導入が確定した後、すぐ民間人に補償を実施することが適切だったが、政府の財政事情と請求権資金が10年間にかけて分割導入されるという点を考慮し、その導入が完了する1975年度に補償を実施することになるものとし、当時経済開発計画を急いでいた政府としてはこの資金で各産業の均衡された開発を通じて国民所得を向上させることが何よりも差し迫った課題だったため、その間民間人に対する補償問題を延ばしてきたのである。

ふむふむ、という感じだ。そして「a.補償の対象」。

民間補償の対象は対日民間請求権申告管理委員会において証拠及び資料の適否を審査し、当該請求権申告の受理が決定されたものを対象とする。

(中略)

i.「日本国により軍人、軍属または労務者として召集また徴用され1945.8.15以前に死亡した者」である上、これに対する補償請求権者の遺族としては、被徴用者の死亡当時、その者と親族関係にあった者で申告日現在次の1に該当する者を言う。

子女

父母

成年男子である系直卑属がなくなった祖父母

ようやく核心に辿り着いた。つまり請求権協定の条文に関らず、5億ドル(民間も含めると8億ドル)が使われる対象には、まさに一連の訴訟の原告が含まれているのだ。以上、中央日報の記事を読んで調べたことを書いた。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。