トランプ大統領が仕掛けた米中貿易戦争もあり、中国経済の退潮傾向が顕著になっている。そんな中、東南アジアにおける日本と中国のパワーバランスの変化を象徴するような記事が載った。それは、6月5日の日経新聞、「カンボジア深海港 日本勢が関与継続 JICA売却」 だ。後述するように、この「深海港」には含蓄がある。そのさわりを引用する。
日本政府が支援してきたカンボジア唯一の深海港の経営に日本の民間企業が本格的に関与することになった。国際協力機構(JICA)は南部にあるシアヌークビル港湾公社(PAS)の全株式を上組に譲渡した。PASが2017年に上場した際に中国政府が株式の取得に動いたため、対抗するためJICAが取得していた。
実は、私は去年の夏に、カンボジアを拠点とする株式会社アジアゲートウエイの木村社長に案内いただきここを訪れている。この港町の沖合にあるほぼ手付かずのリゾート、コンロンサレム島の太陽光発電と蓄電池で構成されるマイクログリッド化の可能性を調査するためだ。そのことは後述する。
シアヌークビルへの飛行機は、中国資本の現地航空のプロペラ機で、乗客のほとんどが中国人だった。ここは、中国の唱える一帯一路の中でも大変重要な拠点だ。なぜなら、中国が実効支配しようとする南シナ海の「中国の赤い舌」と目と鼻の先にある要衝だからだ。隣国ベトナムは中国とはかなり距離を置いているので、親中国カンボジアにあるベトナム国境からすぐの第三の都はオセロゲームの隅のようなもので、そこを押さえることの意味はとてつもなく大きい。中国とシアヌークビルとの関係は幾重にも折り重なっている。
まず、中国が権益を持つ、街から内陸に少し入ったSEZ(経済特区)の工業団地はほとんど中国人労働者だ。この記事のSEZはその前に日本の支援の下作られたもので港自体にある。
次に、本土側の海岸にあるリゾートホテル群は中国で盛んなオンラインカジノのバックオフィスとなり、中国人マフィアが数万人単位で共同生活を営んでいて、路上を埋め尽くしている。中国でもオンラインカジノは違法だが大人気、だから摘発を恐れて国外に拠点を置く。文字通り無法地帯だ。
矢作俊彦・大友克洋が1980年に描いた不朽の名作劇画『気分はもう戦争』では、ハワイに日本人観光客が大挙して押し寄せたのを皮肉って、「コードネームJAL作戦。金持った兵隊には勝てない」というシーンがあったが、まさにそのような状態だった。(ちなみに『気分はもう戦争3(だったかも知れない)』(矢作俊彦+大友克洋)は現在絶賛発売中だ。)
さらに、沖合島嶼ビーチ(コンロンサレム島だ)は、手付かずの自然が残された秘境で、旧宗主国のフランス人に加え、目の肥えた中国人観光客が増加中だ。
加えて、陸地側の郊外に中国資本が、両側6車線の弾丸高速道路と新たな飛行場の滑走路を作った。それを整備し終えた時中国不動産バブルが崩壊し、中国資本が手を引いた。真新しいコンドミニアム、ゴルフ場、レストランには人の姿がない。その中心に建てられた中国風ホテルに木村社長と私は宿泊してみたが、他の宿泊客は中国人の若いカップル2人だけだった。日本の30年前のリゾートバブルを彷彿とさせる。
この港はとても深く、潜水艦が密かに停泊するのにはうってつけだ。実はロシアも一つここに小さな島を持っていて、ロシアの原子力潜水艦がいるのではないかと地元民は噂しているようなところだ。
中国は、原子力潜水艦がうようよしているかもしれない湾の突堤に位置する「目の上のたんこぶ」日本が開発したSEZの取得を企てた。もう少しでオセロゲーム盤が中国一色で染まりそうな時、中国経済バブルが弾けた。
そこにきての今回の日経記事。日本が土俵際で踏ん張って、防衛に成功したというわけだ。東南アジアのシーレーン防衛上、この意味するところあまりに大きい。
ちなみにコンロンサレム島は、今は重油を炊いて発電しているが、太陽光・蓄電池のマイクログリッドとして最適地である。なぜかというと、島の借地権を一人のカンボジア富豪が所有していて、そこに建てられるたくさんのホテル一つ一つと契約することなく、彼がオフテーカーになるのでリスクとコストが相当低くすむからだ。
そして驚くべきことに、その富豪は私と同じ歳で、ポルポト政権の大虐殺があった1970年頃、銃弾の雨を浴びながら、命からがら国境沿いにタイの難民キャンプまで家族と一緒に脱出した。
そこで家族は迷うことなく日本行きを選択し難民認定された。富豪氏は、日本の公立学校に編入し、日本語が話せなかったので相当ないじめにあったそうだ。それでも「ポルポトに比べればちっとも大変ではない」と笑い飛ばし、苦労しながら奨学金を得て早稲田大学に進んだ。
そして、内戦がまだ続いていたにも関わらず、カンボジアに帰国し、努力をして大富豪になった。そして今でも大の親日家だ。欲をいえば、日本政府は、こういう人をしっかり遇して、囲い込むべきだ。彼はシアヌークビル中心の多くのリゾートホテルを経営し、中国人マフィアに貸し、月数千万円の賃料をせしめている強かな人だからだ。
我々は、その夜、港の中心にあるヨットハーバー(もちろん彼はヨットもヨットハーバーも所有している)の脇に立つ彼の瀟洒な別荘で夕食をご馳走になり、日本語で昔話に花を咲かせ、酒を酌み交わした。何万人の中国人マフィアの群衆に包囲されながら。
株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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