今回の震災に伴う地震保険の支払金額は1兆円から2兆円の間と試算されている。
地震保険は損保各社が拠出して設立された「日本地震再保険(株)」が一旦全額を引き受けた上、半分を政府に出再し、残りの半分を損保各社にシェア割りで出すことになっている。そして、損害が2兆円に至るまでは民間と政府で折半して負担し、2兆円を超えた部分については1回の震災あたり総額5兆5千億円を限度として、政府が95%、民間が5%を負担することになっている。
昭和41年の創設以来、地震保険の契約者が払い込んだ保険料を民間と政府に振り分けて積み立ててきた結果、2010年3月末時点では民間部門で約1兆円、政府に1.3兆円の準備金が積み立てられていた。このように官民合わせて2兆円を超える準備金が用意されていたことは、今回のような震災の後でも保険金の支払いがきちんとなされると国民に安心感を与えた点で、評価すべきと考える。
(余談だが、今朝の報道によれば、ミュンヘン再保険やスイス再保険といった欧州勢の再保険会社が国内損保会社に支払う保険金が3千億円程度とのこと。損保全体の負担額を考えると、海外の再保険会社に応分の負担をしてもらえることになり、民間損保も上手にリスク管理をしていたように思える。なお、2010年の世界の自然災害による再保険金支払い額は4兆円に上ったそうだ。)
しかし、昨年秋の事業仕分けでは枝野議員が中心として、政府部門の「地震再保険特別会計」を廃止すべきとの評定がなされていた(もちろん地震再保険を無くせということではなく、財務省の特別会計から民間に移管すべき、との評定であったが)。しかし、これは私に言わせれば、「特会によって財務省は焼け太りするからけしからん、とにかく無くすべきだ」という安易なロジックに基づく判断であり、同意できない。制度に大きな不都合が見つからない以上、そのままにすればよいのではないか。if it ain’t broke, don’t fix it, as the saying goes.
確かに、一般的に特別会計の中には省庁の既得権益維持と無駄に繋がっているものも少なくないかも知れない。しかしことにこの地震再保険についていえば、1.3兆円の積立金は保険金支払いという明確に限定された使途のために存在するものであり、恣意的に使う余地が極めて少ない。運営にかかわる費用に関する会計も比較的明朗である。資産とともに負債を減らしたところで、財政が改善する訳でもない。また、日本地震再保険という一つの民間組織に国民の地震保険に備えるすべての準備金を置いてしまうより、卵は二つのカゴに分けて持っておいた方が安全のように思える。
なお、日本地震再保険のトップには財務省OBが就任しているため「天下りは許さない!」という意見もあるかも知れないが、他の役員には東京海上や損保ジャパンを引退した人材が就任しているので、(感情論は除けば)国民にとって実質的に問題があるものとも思えない。
民主党が事業仕分けを始める前には「特別会計は無駄の温床」と考えられたが、今となっては「特別会計に入れておいたおかげで、政治家に無駄遣いされずにへそくりとして温存されていてよかった」とすら思える。一般会計のどんぶり勘定の中でやられていたら、地震のための積立金も、子供手当に回っていたかもしれないわけだから。個人的には、増税を唱え続ける財務省の方が、財政の規律を守ろうとしている点においては、長期の国家ビジョンを持たず、選挙目当てのばらまきをやりがちな政治家よりもよほど信用ができる。
真に大切な問題から目をそむけ、安易なスケープゴートとして官僚バッシングが流行る風潮の中では言うのがはばかられるが、後世から振り返れば、(徴税権を盾に)政治家に対して財政の「最後の番人」として機能していた大蔵省を90年代に解体し権力を劣化させたことこそが、我が国の財務規律のタガを外してめちゃくちゃにした決定的要因、と評されるかも知れない。
特会の見直しよりずっと重要な問題は、地震保険の加入率がいまだ23%にとどまっていることである。「地震保険は対象範囲が狭い上、保険料が高い」と指摘する声もある。確かに、地震保険は火災保険とセットでしか加入できず、火災保険金額の30%~50%が上限となっている。また、マスコミの報道では「満額で受け取れる例は少ない。建物の時価が基準になるほか、倒壊・傾斜の条件が厳しく、阪神大震災時の支払額は1件当たり平均100万円程度。今回も200万~300万円にとどまる見通しだ」(日経新聞2011年4月4日)と指摘するものもある。現場で損害の認定がどのようになされているのか分からないが、例えば「全損」に該当するには「損害額が建物の時価の50%以上」と明確な基準は存在するし、昨今の金融行政も保険会社に消費者保護を強く求めるようになっているので、一般人の期待から大きくかい離するような運用がなされる可能性は小さいと考える。
消費者の利便性の観点からは商品設計上、改善の余地は色々とあるかも知れないが、それは特会を廃止しても変わるわけではなく、今の枠組みの中で実現できることである。財務省の焼け太りを警戒するよりは、私はむしろ商品設計と支払いの現場を担う民間損保に対して、金融庁が消費者保護の観点から十分なガバナンスを働かせることこそが、重要だと考える。
地震保険の加入率を高めるために、政府はもっと積極的に動く必要がある。政府が大きな金額を補償するとしても、そもそも地震保険の未加入者はその恩恵を受けることはできない。損害保険会社からすると地震保険は利益が上がらない商品であるから、積極的に販売するインセンティブがない。いまは、地震保険の保険料に一定の税控除を認めるという形での政策的な誘導がなされているに過ぎないが、今後はこの控除枠を拡大することや(場合によっては生命保険料控除の枠をこちらにシフトしてもいいかも知れない)、損保各社が積極的に販売するような経済的なインセンティブを付与することも検討に値しよう。