今週のニューズウィークにも書いたことですが、このところ「景気は底を打った」という楽観論が目立ちます。アメリカの金融危機が峠を越え、日本の補正予算が効果を発揮してきた、というストーリーで、きのうは日経平均が一時、1万円を超え、次の図のように昨年10月の水準に戻しました:
しかし90年代の長いトンネルを現場でみてきた私は、そう楽観的になれません。日銀の白川方明総裁はNYジャパンソサエティ講演で、「失われた10年」の経験を次のように要約しています:
- 日本経済が1990年代を通じて停滞していたことは事実だが、金融危機の間も、日本の実質GDPの水準は、バブル期のピークを下回ることはなかった。これは金融システムが崩壊しなかったことが大きく寄与している。
- 日本経済は1990年代の低成長期においても、何回か一時的な回復局面を経験し、経済が遂に牽引力を取り戻したと人々に早合点させる働きをしたが、これは偽りの夜明け(false dawn)とも言うべきものだった。
- 日本の危機は、デフレーションという文脈で議論される傾向があるが、正確に言えば、当時の危機は物価水準のデフレではなく、資産価格の下落と銀行セクターの脆弱性との相乗作用だった。
- バブル崩壊後、長期間にわたって日本経済の成長率が低迷した背景には、構造的な側面もあった。1980年代後半から1990年代にかけて世界経済に起こった規制緩和、グローバリゼーション、情報通信技術革命といった潮流の変化に日本が対応できなかったことが経済の低迷の根本原因だ。
90年代に大蔵省は何度も「危機は峠を越した」と宣言し、「狼少年」などといわれましたが、本当に峠を超えるまでには13年以上かかりました。こういうときパニックに陥った政治家がバラマキ財政政策をとるのは、どこの国でもみられる傾向ですが、それが経済力を高める結果にならないこともよく知られた経験です。
「まずデフレを止めよ」という類の批判も執拗に繰り返されましたが、今となっては本家のバーナンキもクルーグマンも人為的インフレ政策を放棄しました。本質的な問題は資産価格の崩壊による銀行のバランスシート問題で、それを是正しないことには経済は回復しない、というのが今回の経済危機にも通じる教訓です。
そして白川氏も指摘する「構造的な側面」の問題がまったく解決されていない以上、金融・財政政策は「偽りの夜明け」以上のものをもたらすことはできない。最大の問題は、政治家も官僚もこうした長期の問題を認識していないことです。日銀総裁が認識していることには少し希望がありますが、それが政策当局の共通認識となり、本当の夜明けがくるのはいつのことでしょうか。
コメント
釈迦に説法で申し訳ありません。
クルーグマンはインフレターゲット政策を放棄していないようです。
以下は6月1日の日系ビジネスオンラインに掲載されたクルーグマンへのインタビュー(http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090529/196152/?P=4)の引用です。
クルーグマン
私は自分の分析が間違っていたと思ってはいません。
私は会見でこう言いました。「アメリカは、日本の政策が不適切であると批判していますが、アメリカも同じことをしている」と。そんなアメリカが批判したことを謝ったのです。それを間違って引用したのでしょう。
私は今の日本でも日銀がインフレターゲットを設定すべきだと思っています。
他のどの国よりも日本はインフレターゲットを必要としています。金利がずっとゼロに近いので、それ以外に方法がありません。政策の目標にインフレターゲットを挙げるべきです。
インフレターゲット論は、理論的には正しいのです。問題はその実現性を信用させることです。ですから、当分はアグレッシブな金融政策と、不良債権の処理を激しく勧めています。
アメリカは1~2年後にインフレターゲットの話ができると思いますね。今は時期尚早です。日本は今すぐに4%くらいの設定をした方がいいです。他に方法がありませんから。与謝野(馨)財務大臣も私の意見に反対しませんでした。