ある長老政治家から「文在寅とは、日本の政治家でいえば誰に似ているのか」と聞かれたので、枝野幸男氏をもう少し善良だが間抜けにしたようなもんでしょうといっておいた。
枝野氏はもともと弁護士で官房長官、文在寅も弁護士で大統領首席補佐官というのも共通性が高い。二人とも難関の司法試験を通っているのだから知的レベルは高い。
枝野氏は第一志望の早稲田大学を不合格になって東北大学、文在寅はソウル大学を落ちて一浪ののち奨学資金制度がしっかりしていた慶照大学という私学に進んだ。二人とも、秀才には違いないが、ちょっとした挫折の経験者ではある。
政治家になった経緯は、枝野は早くから政治家を志望し29歳で初当選している。文在寅はもともとは裁判官志望だったが学生運動の経歴が故に任官されず、弁護士になり、事務所のボスであった盧武鉉に請われて政界入りしたからこの点は違う、
経済政策については、枝野は「強いものをより強くし、いずれあなたのところにしたたり落ちるという上からの経済政策ではなく、暮らしを押し上げて経済を良くする」とかいっているが、これは、まさに文在寅が具体化したものの失敗に終わりそうな経済政策そのものだ。
政治思想としては、文在寅が明確な左派であるのに対して、枝野は尾崎行雄や斉藤隆夫といった反骨でリベラルな政治家を尊敬しているというものの、日本新党から経歴を始めたことで分かるとおり、必ずしもアンチ保守ではなく、保守リベラルとかいって煮えきらない。
政治行動は、枝野の政界遊泳の上手さが際立つのに対して、文在寅はある意味で武骨で不器用だ。それが文在寅は枝野幸男をもう少し善良だが間抜けにしたようなものと行った所以である。
文在寅は、金大中や盧武鉉のようなカリスマでなく、綺麗な言葉のイメージで正義漢感ぶりを印象づけようというものだ。そのために、本人の魅力で大衆を引っ張っていくと言うより、自分が基礎を置く政治勢力を大事にしている印象がある。
そういう意味でも、5年間の任期をどう乗り切るという以上に、1期とか2期で政権が保守に戻ったときに反撃などされないように万全の体制を取ることを狙っているのではないか。
ここしばらく、金大中・盧武鉉、李明博・朴槿恵と革新と保守で2期ずつ政権を担ってきた。しかし、2期10年くらいだと、保守勢力が息を吹き返すというのが文在寅らの危惧である。
共に民主党のイヘチャン代表は、「10年政権を保ったところでその成果を崩すのは3~4年しかかからない」「保守政権になったら南北交流事業や福祉政策も後退した」として「革新派の成果を守るために20年政権をめざしたい」としている。
そのために、文在寅政権は、政界はもちろん、官界、司法界、マスコミなどで保守派をねこぞぎ粛清して追放しようとしているようにみえる。左遷などと言う生やさしいものでない。
マスコミでは労働組合を強化して事実上の乗っ取りに近いことをしているし、外交部などでは日本関係の部署が縮小されて仕事がなくなりつつある。
かつて、民主党政権時代には、大臣・副大臣・政務官が政治主導といって、役人を排除して素人考えで細かいことまで決めたりしたが、文在寅政権では従来は順当な序列に従った人事が行われていたところに、何段階も特進したり、外部から素人をもってきて充てたりしているのである。
徴用工判決を出した金命洙・大法院長官は、革新系判事が集まる「我が法研究会」会長で春川地方法院法院長だった2017年に大法院の判事の経験もないまま長官に大抜擢された。
文在寅が好む言葉に「積弊」の清算という言葉がある。過去の間違った弊害は大胆に清算していくべきだという意味で、正しそうにみえるが、それが外国との条約も契約も人事の習慣もすべての積み重ねを破壊する理由に使われてしまっているのである。
もちろん、韓国が日韓基本条約の見直しを提案するのは可能である。日本だってサンフランシスコ講和条約の見直しを締約国に提案して、失った領土の回復を交渉するにが自由であるのと同じことだ。
しかし、見直しは関係国が同意したときだけに成立するのである。そしてもちろん、その場合は日本も見直しを要求することになる。それはたとえば、在韓の日本人の資産の補償であるとか、在日韓国人の在留資格の見直しなども含むことになるのは当然だ。
いずれにせよ、2つの国の関係を定めた条約を根本に遡って見直すのを要求するのは、あまり感心したことでないのはいうまでもない。
韓国は韓国が弱い時代だったから仕方なくあのような条件で手を打ったのだというだろうが、日本としては、韓国を助けるために大甘の対応をしたのだということだし、何処も助けてくれなくて困っていたからこそ、日本の援助はありがたかったはずだということになる。
八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授