マルクス「資本論」の誕生と世界的影響力
カール・マルクスの主著「資本論」は、「1867年にドイツで出版され、資本主義社会の運動法則を弁証法的に分析解明し、資本主義が社会主義に移行せざるを得ない必然性を論証した著書である」とされている(1)。爾来150年が経過したが、20世紀における旧ソ連、中国、など社会主義国家の成立を含め、全世界におけるその政治的、経済的、文化的影響力は甚大であったと言えよう。
マルクスによる「利潤」の解明と福祉国家の成立
マルクス「資本論」によれば、資本主義社会における「利潤」(剰余価値)の根源は、賃金を超えた労働部分(剰余労働)である。賃金は生活費によって決まる。利潤を増大する方法として、労働時間の延長(絶対的剰余価値生産)と機械化による労働生産性の向上(相対的剰余価値生産)の二つがある。
計画経済ではなく市場経済の資本主義社会では、「利潤」は効率的資源配分と経済運営に必要不可欠であるが、資本主義社会における生産等の経済活動は利潤獲得を目的として行われる(2)。そのため、企業は利潤の極大を目的とするから、賃金削減、長時間労働、技術革新による生産性向上が恒常的に行われ、低賃金、過労死、労働強化などをもたらした。
このため、とりわけ、欧米先進資本主義諸国では「利潤」追求による賃金労働者の貧困や社会的不公正が社会問題となり、これを是正する必要性と労働運動が起こり、20世紀に入り「修正資本主義」や「社会民主主義」が台頭して「福祉国家」が実現した。これは明らかにマルクス「資本論」の影響であり、「利潤」の解明による理論的功績とも言えよう。
マルクス「資本論」の核心である「窮乏化法則」
ところが、マルクス「資本論」によれば、「資本主義が発達し、資本の蓄積が進むと労働者階級の貧困が蓄積する。これは資本主義的蓄積の絶対的法則である」(1)。
「利潤を増やそうとする熱望は搾取階級の側での富の蓄積と無産階級の側での失業と貧困と抑圧の増大をもたらす。資本主義が発達するにつれて、プロレタリアートの相対的貧困化と絶対的貧困化が進み、プロレタリアートの生活水準は低下する。」(2)。
「労働者は絶対的に貧しくなっていく。前よりも貧乏になり、前よりも悪い生活を送り、もっと乏しい食事をとり、もっと腹を減らし、穴倉や屋根裏部屋に住まねばならなくなる。」(3)。
以上の理論がマルクス「資本論」の核心であり、極めて重要な「窮乏化法則」である。そして、「窮乏化」による労働者階級の反抗が社会主義革命をもたらすのである(「資本論」951~952頁)。
マルクス「窮乏化法則」の重大な理論的誤謬
しかし、日本や欧米の発達した先進資本主義諸国では、労働者の名目賃金は不断に上昇しており、資本主義の発達による労働者階級の「窮乏化」は起こらず、むしろ生活水準は向上している。そのうえに、各種社会保険や年金など社会保障制度が整備され、社会保障関連予算は国家予算の3割前後にも達しているのが日本など先進資本主義諸国の実態である。
そのため、さすがに蔵原惟人元共産党常任幹部会員も「労働者自体が無一物の無産者という感じではない多数の層が成長し自動車も持っている。このような変化に共産党としても対応する必要がある。」と述べ(4)、労働者階級に「窮乏化」の事実がないこと、むしろ生活水準が向上している事実を率直に認めている。
そうすると、「資本主義が発達すればするほど労働者階級は窮乏化する」という、マルクス「資本論」の核心であり、極めて重要な「窮乏化法則」は重大な理論的誤謬であると言わざるを得ず、日本など発達した先進資本主義諸国では、「資本論」はもはや有効な「社会主義革命理論」とは言えないのである。
マルクスが予言した「社会主義革命」が先進資本主義諸国では全く起こっていないのは、革命の担い手である労働者階級の「窮乏化」が起こらなかったからである。敢えて付言すれば、いずれもその当時は後進資本主義国であったロシアや中国などで「社会主義革命」が成功したのは、ひとえに、革命の担い手である労働者や農民が貧しかったこと、議会制民主主義が未発達であったからに他ならないのである。
(1) 向坂逸郎訳「資本論」第一巻訳者まえがき昭和46年岩波書店刊。
(2) ソ同盟科学院経済学研究所著「経済学教科書」第一分冊185頁1955年合同出版社刊
(3) レーニン著「資本主義社会における貧困化」レーニン全集18巻466頁1956年大月書店刊
(4) 蔵原惟人著「蔵原惟人評論集」9巻187頁1979年新日本出版社刊
加藤 成一(かとう せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生終了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。ライフワークは外交安全保障研究。