PayPayは今後決済手数料以外で本当にやっていけるのか?

有地 浩

昨年暮れの100億円あげちゃうキャンペーンで世間の注目を集めたPayPayは、10月5日に1周年を迎えるが、先日行われたPayPayの中山社長の記者会見によれば、ユーザー数が1250万人、加盟店がコンビニ、ドラッグストア、各種チェーン店や商店街などを中心に140万か所、累計決済回数が1.4億回に達したとのことだ。

PayPay公式サイトより:編集部

これらの数字が、多いか少ないか、判断は人によって分かれるだろうが、私はまだ加盟店数が絶対的に不足しているものの、1年間の成果としては健闘していると思っている。

現在LINE Pay、d払い、メルペイ、楽天ペイなど、多くのQRコード決済事業者がPayPayに負けじとポイント還元キャンペーンを次々に繰り出して、激しいシェア争いを続けているが、いずれ体力勝負に決着が着くだろう。しかしその消耗戦に勝ち残った者に明るい展望がすぐに開けるかと言うと、まだまだ前途は厳しいと言わざるを得ない。

そもそもQRコード決済は、セキュリティに不安を感じる人が多いことなどから、使われる価格帯がクレジットカードに比べて低くなる傾向があり、使われる回数のわりには加盟店手数料は多くならない。

PayPayは、2021年9月までは加盟店手数料を取らないこととしているが、仮にメルペイ並みの1.5%の加盟店手数料を取ったとして、客単価が2000円だとしたら、年間1.4億回の支払いで、加盟店手数料総額は42億円となる。これでは100億円あげちゃうキャンペーンを1回するだけで大幅な赤字となる。

同じ記者会見で中山社長は、PayPayは決済アプリからソフトバンクの新しい事業のプラットフォームとしてのスーパーアプリを目指しているので、手数料ビジネスは想定していないという趣旨の話をしていたが、この目論見が成功するかどうかはかなり微妙だ。

中国のビジネスモデルは日本に通用するのか?

日本国内でも使えるAlipay、WeChatPay(GoToVan/flikcr)

PayPayに限らず日本のQRコード決済事業者の多くは、中国でのAlipayやWeChatPayの成功を見て、そのビジネスモデルを日本で展開しようとしていると思われる。

しかし、AlipayやWeChatPayの中国での成功は、中国という特殊な市場環境においてこそ大成功したビジネスモデルであって、それをそのまま日本に持ってきても成功するとは限らない。

その理由のひとつは、中国は日本に比べて金利水準がまだ高いことだ。Alipayを運営しているAnt Financial 社の収益の柱の一つは余額宝というAlipayの利用者が一時的に資金を置いておくMMF(いつでも引き出せる投資信託の一種)からの収益だ。余額宝は最近でこそ利回りが3%を下回るようになったが、これまでは4%以上の利回りを提示してAlipay利用者からお金を大量に集め、それらをまとめて7%を超える金利が付く銀行の短期金融商品などで運用して莫大な利鞘を稼いでいたのだ。

しかし、このビジネスモデルは、低金利の日本ではありえない。そうでなくてもずいぶん前から証券会社は国内の金融商品で運用するMMFの販売をやめている。

なお、中国でも余額宝のような巨大なMMFから急激に資金が引き出されるようなことが起きると、余額宝から資金提供を受けている金融機関の経営に甚大な影響が及ぶ恐れがあることから人民銀行が規制に乗り出し、余額宝への投資額の上限を当初の1人100万元(約1500万円)から10万元(約150万円)に引き下げるとともに、1日の引き出し額にも制限を設けた。

こうした規制強化と金利の低下とともに、余額宝の残高は、ピークの昨年3月の約1.7兆元(約26兆円)から今年6月には1兆元(約15兆円)に急減し、そこから得られる収益も大幅に減少してきている。

ではMMFが見込みがないとなれば、消費者金融はどうだろうか。Ant Financial では、花唄というクレジットや借唄というキャッシングによる消費者金融が大きく伸びて、昨年3月には残高が6000億元(約9兆円)に達した。しかし、これも日本では簡単ではないだろう。

中国では庶民にとって銀行借入れは敷居が高く、スマホで瞬時に借り入れができる花唄や借唄は好評を博しているが、日本では銀行やノンバンクが各種のローンを幅広い人々に提供している。もちろんPayPayなどのQRコード決済で買い物をするときに残高が不足した分を自動的に融資したり、QRコード決済での購入履歴等に基づく信用度に応じて一定額までは即時に融資したりするビジネスはあり得るが、日本の消費者はクレジットカードのリボ払いもなかなか普及が進まないほど借金に対する警戒心が強い一方、年収の3分の1を超えてローンを借り入れることができないといった総量規制もある。その中で新参者のQRコード決済事業者が大きなシェアを取ることは、並大抵の努力では成功は難しいだろう。

ビッグデータビジネスに過大な期待は禁物

それでは、中国のようにQRコード決済で得られるビッグデータを使って、決済以外の分野で大きな収益を上げられるかと言うと、これについても私は過大な期待はできないと思っている。

中国のAnt Financialグループの芝麻信用という会社は、Alipay利用者の決済情報やグループの金融サービスの利用状況などを基に信用スコアを作成しており、そのスコアが高いと、グループの消費者金融の金利や借入額で有利になったり、外国のヴィザ申請サービスや空港での優先レーン利用サービス、ホテルなどのデポジット免除などの優遇措置を受けることが出来るといったことが世界中に派手に宣伝されている。

しかし、日本では6月にYahooが、利用者の購入情報などを基に作成したYahoo スコアをパートナー企業に提供すると発表すると、たちまちSNA上でYahooが個人情報を利用者に断りなく他社に売り渡すという誤った情報が拡散し、炎上した。

Yahoo側は直ちにSNSの情報の誤りを指摘し、利用者の同意なしにパートナー企業に情報提供することはないと反論したが、結局10月からはYahooスコアを作成することについてデフォルトでは作成不可とし、同意が得られた利用者のみスコアを作成することに変更を余儀なくされた。

このように、ビッグデータの利用は常にプライバシーの問題が生じる。あの中国でさえ、芝麻信用は外国のヴィザ取得申請とか空港での優先レーン利用といった利用者のプライバシー感覚を刺激しそうなサービスからは撤退して、本業の金融サービス分野での利用に回帰しつつある。

決済以外のところでビジネスチャンスを求めるとしたら、何ができるか、今後PayPayを始めQRコード決済各社は知恵を絞る必要があるようだ。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト