今、メキシコシティーに滞在している。シカゴから日本に戻ってから、最も遠くへの出張である。直行便であるが、飛行時間12時間はやはりかなり厳しいものがある。おまけに、何があったかわからないが、空港に出入りする道路が閉鎖されており、迎えの車に乗るまで、1キロ近く歩かされた。誰か要人が来たのかもしれないが、到着直後に15分近く歩くのはきつかった。帰る便は14時間を超えるので、考えるだけで疲れがどっと出てくる。
今回は、私の研究室で2年間弱研究していた、今はメキシコシティの大学で教授をしている元駐日メキシコ大使夫人の招きによるものだ。メキシコ滞在で忘れることができないのは、2016年11月6日の夕食時のことである。私はメキシコの財団の賞を受賞して、授賞式のためにメキシコシティに滞在しており、元駐日メキシコ大使夫妻と夕食を共にしていた。
ご主人はメキシコ外務省の幹部の一人であるので、私はこの日の夕食は「もしものこと」を考えて、辞退したのだが、彼女が「大丈夫。ヒラリーが勝つから、心配しなくていい」とこの日の夕食になったのだ。ここまで読むとお分かりと思うが、この日はドナルド・トランプ対ヒラリー・クリントンの一騎打ちの日だったのである。そして、もしものこととは、「トランプ勝利」のことである。
部屋でCNNニュースを観ていると、初めはクリントン有利の報道だったが、夕食前には、怪しげな気配が漂い始めた。夕食の間、元駐日大使はスマートフォンに目をやりつつ、次第に表情が真剣になってきた。スマートウオッチを見る頻度が増え、表情も曇ってきた。隣国の外務省でさえ予測できなかったトランプ大統領の事態が生じ、食事を速めて終わり、ご主人は外務省に向かった。翌朝の新聞には、トランプを非難する文章には書けない見出しが躍っていた。
メキシコは治安が悪いというイメージがあるが、場所次第だ。あまり知られていないが、親日国である。日本に対する尊敬の気持ちがある。400年以上前に、当時スペインの植民地であったメキシコ人を日本沖で助けたのが交流の始まりだ。それ以来、400年以上の歴史が2国間にはあるのだ。10年ほど前に日本で開催された日墨400周年記念シンポジウムの際に大使ご夫妻と知り合う機会があり、今日に至っている。
人の縁は、国のつながりにとっても重要であり、今回は、東京大学の医科学研究所ヒトゲノム解析センター長の宮野悟先生のグループ、東京医科歯科大学の三木義男先生、そして、私の研究室から2人を同行してゲノムバイオインフォーマティクスのワークショップを開催する。昨年5月に大使夫人が企画したワークショップを開催して、好評だったので今回は2回目である。
この長いフライトを続けるのは体力的に厳しくなってきたので、ぜひ、若い方たちに続けて欲しいと願っている。かつて理化学研究所で始めた、理化学研究所と米国の薬理臨床ゲノム研究ネットワークの共同研究体制は、先見性のない私の後任によって途絶えてしまった。国際的な活動が重要と言いつつ、それを評価しない役所の姿勢も問題だ。評価ができない国のシステム。これが改善されない限り、日本という国の発展はない。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年10月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。