マーク ザッカーバーグ氏がアメリカの下院金融サービス委員会でリブラに関して公聴会が行われているところを生中継で見ていました。正直、質問する側の議員は総じて非常に厳しく、中には机を叩きながら強い口調で断罪するかのような議員もいました。ニュースの見出しは「ザッカーバーグ Grillされる」とあります。Grillとは料理されるという意味ですから熱いフライパンの上で焼かれているザッカーバーグ氏を思い浮かべていただければよいかと思います。
リブラをめぐってはキーとなるクレジットカード会社などが抜け、当初の4分の3程度に減っています。アメリカ議会のみならず、世界中の当局、中央銀行などがこの仕組みについて大きな懸念を示しています。なぜ、そこまでハードルが高いのか、そしてこれを乗り越えられるのか、考えてみたいと思います。
以前、リブラがアメリカで強い反対にある理由はドル基軸通貨を守るためだとこのブログで記しました。これは究極的には変わっていません。また、アメリカがやらなくても中国がそれにとって代わるものを作るだろう、とも指摘しました。これは中国がアメリカの国債を売却し、十分な元建て資金をベースにステーブルコインを作ることが可能であるからです。
事実、産経は「リブラに代わる『デジタル人民元』がドル覇権に対抗 中銀のデジタル通貨議論が活発化」と題する有料記事を配信しています。中国は確実にそして、リブラとつばぜり合いのごとく、仮想通貨の開発を進めています。認めたくないかもしれませんが、様々な技術でアメリカをすでに抜きつつあるその背景には西側諸国のように当局との激しいやり取りの中から方策を見出すというプロセスを踏まず、国策としてどんどん推し進めていくため、開発がやりやすいという背景は否定できないでしょう。
リブラが西側諸国を代表する仮想通貨になる場合、政府当局よりも中央銀行と税務当局が最も頭を悩ますことは考えるまでもないことであります。中央銀行は通貨発行量の調整により景気を調整してきたし、税務当局は自国通貨をベースにした取引を主体に税の計算をしています。ところが仮想通貨になった瞬間、これまでの常識をすべてゼロから作り直さねばならないという大変な道のりが待っています。
例えばネットショッピングを国をまたいで行った場合、あるいは同じ国の中でも州の自治が高い国では州税の課税権の問題がありますが、これらはいまだ解決し十分に対応できている状況にありません。ネットショッピングはもう市民生活に当たり前になってきているにもかかわらず、このような状況なのです。アマゾンの商品を仮想通貨で購入するという場合、どうやって課税するか、その方策を考えるだけでもゾッとするでしょう。当局はとにかくそんな面倒なことは勘弁してほしい、これが本音ではないでしょうか?
ある議員が今日の公聴会で「Today is a trial on American innovation(これはアメリカの技術革新に対する審判である)」と述べています。つまり、今まで我々の常識になかったことを許し、アメリカが引き続き世界の技術のリーダーとなりえるかの判断だとみているのです。
個人的には厳しい規制を敷きながらもテストを進めるべきだと思います。例えばある州に限定し、取引金額の最高限度額を低めに設定し実験する、といったような運用でしょうか?今日の公聴会で一部の議員からはいかにもリブラを止めさせるという発言が目につき、本来のアメリカの想像力と活力は見えませんでした。もちろん、上述したようにドル防衛がユダヤの陰謀であるというならこれはまた別の話です。
気を付けなくてはいけないのはグーグルが「量子超越」を達した量子コンピューターの実証実験に成功したと正式に発表したことでしょう。仮にこの技術がリブラに使われた場合、リブラが通貨としての支配権を握ることは十分可能になるとみています。つまり、技術開発という点では既に既存社会の常識を超えつつある中、社会とそれを支える様々な仕組みがそれを許すかどうか、という人間的な敷居がそこに鎮座する構図かと思います。
通貨を一私企業が発行し、管理をするというポジションの問題もあるでしょう。ならば中央銀行と協業するという手もあります。何らかの形で政府なり当局を巻き込まないと今の世論はOKを出さないでしょうし、ザッカーバーグ氏の正論だけでは論破できない気がします。
これがイノベーティブな通貨であるならばザッカーバーグ氏は議会の抵抗という難局を打破するイノベーティブなアプローチを新たに戦略とすべきだと感じます。ただ、彼がグリルされるのを周りが興味深く見、丸焦げになってチャンスが到来するのを待つというハゲタカのようなそんな醜さもうがった見方をすればできなくはないのかもしれません。明らかにホットな話題だと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年10月24日の記事より転載させていただきました。