日本郵政に巨額減損処理の危機?-経営陣にちらつく三洋電機株主代表訴訟大阪高裁判決

3月10日の日経と朝日の朝刊に、日本郵政が2020年3月期に保有株(ゆうちょ銀行株)の減損処理をする可能性が出てきた、と報じています。ゆうちょ株の時価はコロナ・ショックで急落、簿価の半額以下になっているからだそうです。

(公式ツイッターより:編集部)

(公式ツイッターより:編集部)

減損の処理を行うとなりますと、対象が子会社株式なので連結財務諸表には影響ありませんが、単体では利益剰余金がマイナスとなり、配当に影響が出てきます。現行の会計基準だと、子会社株式の時価が取得価格の50%程度下落し、取得価格程度まで回復見込みが合理的に認められないかぎり減損処理が必要になります。

つまり、例外的に子会社株式の時価に回復可能性が認められれば減損しなくてもよい、ということで、子会社株式の上場の有無によって時価算定方法は異なりますが、おそらく「5年以内に取得価格まで回復可能性があるかどうか」といった判断基準は(上場・非上場に関係なく)同じと考えられます。親会社経営者としては、当然のことながら、子会社の株価には回復可能性があると考えたいところです。

このたびのコロナ・ショックで、日本郵政だけでなく、子会社株式や持合い株式を保有している他の上場会社にも、子会社株式の減損処理の可能性があると思います。そこで、減損処理の必要性を考えるにあたり、思い出されるのが「三洋電機減損ルール」の是非が問われた三洋電機不正会計事件に関する株主代表訴訟判決です(2012年9月28日)。当時、三洋電機は金融庁から「不正会計」と判断されて課徴金処分が下ったものの、役員の法的責任(違法配当に関する責任追及)が問われた株主代表訴訟では、大阪地裁が「三洋電機の会計処理に違法性は認められない」として原告株主の請求は棄却されました。当ブログでも、この大阪地裁判決は何度も取り上げましたね。

この大阪地裁の判決では、子会社の業績が将来的に回復が見込めるかどうか(回復可能性)、これを合理的に判断できるのは裁判官ではなく、三洋電機の経営陣であるとして、会計基準の適用や会計処理の方法については、経営陣に広い裁量権があるとされました。会計基準の適用、会計処理の方法については、経営者の経営判断の合理性が尊重された、といっても良いと思います。

さて、ここまでは結構ご存知の方も多いと思うのですが、実はこの大阪地裁判決は控訴され、1年後に大阪高裁判決が出ています(2013年12月26日)。そして、三洋電機の減損ルールを適法とした地裁判決とはまったく異なり、「会計処理は違法である(不正会計である)」と、大阪高裁は判断しています。この大阪高裁判決は、たいへん重要な判決にもかかわらず、刊行物未登載のままになっています(その後の最高裁では「判決」ではなく「決定」で終結していますので、おそらくこの大阪高裁判決が確定したものと思われます)。

たしかに経営者は子会社の事業の将来性について、合理的な説明ができるのかもしれないが、減損処理を回避するための「回復見込み」というのは、もう少し短期的な見込みを指すのであり(相当期間内に取得価格まで回復する見込みのことであり)、単なる「事業の将来性の判断」とは自ずから異なるものである、ただ漠然と中長期で回復の見込みがあるとする立証では事業の将来性についての証拠にはなりえても、相当期間内における回復可能性を証明するには足りない、これを証明しえていない以上、会社法上の計算書類は公正なる会計慣行によって作成されたものとはいえない(つまり配当は違法である)というのが大阪高裁の判断理由のようです。

したがって、子会社株式が取得価格の50%を割るような状況にある場合、会計監査人と減損処理の必要性について協議をすることになるのかもしれませんが、安易に三洋電機株主代表訴訟の大阪地裁判決だけを念頭において「会計処理については経営判断に合理性さえ認められればよい」と認識すべきではない、と考えております。

三洋電機の経営陣の方々は、「違法配当の責任」をなんとか「過失なし」ということで免除されましたが、このように大阪高裁判断が下った以上、これからは減損の可否判断の前提となる「将来見積もり」の合理性判断においては、十分な資料と十分な議論に基づき、経営陣として善管注意義務を尽くす必要があると思います。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年3月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。