ブランド「Made in China」の試練

中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスの感染拡大で大きなダメージを受けた欧州では、中国企業の欧州市場への進出に厳しい目を注ぎだしてきた。欧州の最初の感染地となったイタリア北部ロンバルディアでは、中国企業の進出が新型コロナ感染の下地となったという声が聞かれる(イタリアは昨年、中国の「一帯一路」プロジェクトに加わるG7の最初の国となった)。

▲「広州貿易展示会」開会式で外国貿易の安定化を訴える李克強首相(2020年6月15日、中国政府公式サイトから)

▲「広州貿易展示会」開会式で外国貿易の安定化を訴える李克強首相(2020年6月15日、中国政府公式サイトから)

一方、新型コロナの感染を比較的、抑えてきたドイツの16州でもノルトライン・ベストファーレン州(NRW)で感染が拡大した背景には、中国経済との密接なつながりがあったからだ、という指摘があるほどだ(「『武漢肺炎』と独伊『感染自治体』の関係」2020年3月20日参考)。

欧州連合(EU)の欧州委員会は17日、外国政府から多額の補助金を受ける企業に対し、EU域内での投資や買収を規制する新提案を発表した。狙いはズバリ、中国企業だ。中国企業が北京から巨額の補助金をもらって外国企業を買収するケースが多いからだ。EU首脳会談は今年3月、「欧州域内の戦略的資産や技術を守る」ための対策案を検討している。

中国共産党政権は「中国製造2025」戦略(Made in China 2025)を推進してきた。その目標はロボット技術、宇宙開発など先端分野で中国が超大国となるという習近平国家主席の野望に基づくものだ。同時に、中国企業は欧米の先端技術重要産業を豊富な資金力を駆使して買収してきた経緯がある。ドイツでは2016年、中国の「美的集団」が、1898年にアウグスブルクで創設された産業用ロボットメーカー、クーカ社(Kuka)を買収して話題を呼んだ(「欧州でも中国の『スパイ活動』を警戒」2018年8月21日参考)。

ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は2018年1月5日、欧州での中国の影響に関する最新報告書を発表した。その中で「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた」と指摘し、「中国は欧州の戸を叩くだけではなく、既に入り、EUの政策決定を操作してきた」と警告している(「中国の覇権が欧州まで及んできた」2018年2月5日参考)。

中国共産党政権は習近平国家主席が推進する新シルクロード構想「一帯一路」の実現に腐心している。アジア、バルカン、欧州、アフリカを網羅する交通網、通信ネットワーク、インフラ整備などを進めてきた。例えば、中国側が建設資金の85%を融資し、ハンガリーが残りの15%を出して同国首都ブタペストとセルビアの首都ベオグラードを結ぶ高速鉄道を建設することで合意した。ロイター通信が4月24日、ハンガリーのバルガ財務相の発言として報じた。

しかし、ここにきて中国は大きな後退を余儀なくされている。海外中国メディア「大紀元」によると、ルーマニアの国営電力会社ニュークリア・エレクトリカ(Nuclearelectrica、SNN)は今月12日、国内のチェルナボーダ原子力発電所3、4号機の建設をめぐって、昨年5月8日に中国国策企業、中国広核集団有限公司(CGN)と締結した暫定的な投資協定を破棄すると発表した。欧州の入り口バルカン諸国で「一帯一路」の拠点構築を計画してきた中国側にとって大きなダメージだ。

ルーマニア政府はニュークリア・エレクトリカの82.5%の株式を保有する。同社によると、ヴァージル・ダニエル・ポペスク経済相が中国のCGNとの交渉を中止するよう求めたことを明らかにした。昨年5月、両社が結んだ暫定投資協定では、チェルナボーダ3、4号機の建設完成に向けて、技術や運営の協力のために合弁会社を設立することで合意した。中国側が合弁会社の51%株式を保有することになっていた。

ルーマニア政府の合意破棄の背後には米国からの強い働き掛けがあったことは明らかだ。大紀元は「米政府は近年、CGNが米企業の技術を盗み軍事転用したとして、同社に対して禁輸規制を強化した。EUも中国当局の影響力拡大や浸透工作に警戒を強めており、中国企業による投資や企業買収に厳しい目を向け始めた」と指摘している。ちなみに、ルーマニアは北西洋条約機構(NATO)とEUの加盟国で、米軍の地上配備型迎撃ミサイル・システムが配備されている。

新型コロナの感染拡大は欧州市場進出を狙う中国企業だけに影響が出てきたわけではない。中国国内で生産活動や経済活動をしてきた外国企業を対象に調査したスイス金融機関UBSによると、中国で製造業を営む企業の財務責任者の76%が、新型コロナウイルスのパンデミックで、生産の一部を中国から他国に移管する計画があるという。外国企業の中国からのエクソダス(Exodus=退去)だ。

新型コロナの感染拡大をきっかけに中国内で生産していた外国企業は都市封鎖や操業停止に追い込まれたことから、中国依存のサプライチェーンの危険性に気付かざるを得なくなった。「世界の工場」と呼ばれてきた中国の経済的・戦略的価値の見直しが急速に進められてきたわけだ。

中国の李克強首相は今月15日、第127回「広州貿易展示会」開会式で新型コロナ感染でダメージを受けた外国貿易の安定化の重要性を訴え、「Made In Chinaのブランドの拡大促進」をアピールしたが、中国を取り取り現状は深刻になってきた。少なくとも、欧州の中国を見る目は厳しい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。