8月に入れば、広島(6日)と長崎(9日)の原爆死没者への追悼の日が来る。今年で75年目だ。世界で唯一の被爆国・日本だけではなく、世界全ての国にとってこの日は忘れてはならない追悼の日として歴史に刻み込まれている。
世界には今、米国を筆頭にロシア、中国、英国、フランス、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮の9カ国が核兵器を保有している。その核兵器数は地球全体を数回、破壊できるだけの量だ。広島、長崎両市に原爆が投下されてから今日までに2059回の核実験が行われた。国別統計にみると、米国が1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回、そして北朝鮮の6回だ。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2020年1月時点の核兵器保有数は1万3400で前年同期比で465減少。90%以上を米露が保有している現実には変わりない。米国、ロシア、フランスの核兵器保有数が減少した一方で、英国、中国、インド、パキスタン、北朝鮮の核兵器保有数は増加している。
中国武漢市から発生した新型コロナウイルスの感染者数は1日現在、感染者数約1763万人、死者数は68万人となっている。犠牲者数では広島や長崎の核兵器によるものより大きく上回り、「核兵器より生物兵器のほうが脅威だ」という話が聞かれ出した。
しかし、核兵器による犠牲者は世代を超えて広がる怖さがある。世界最大の核実験所だった旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験所と中国新疆ウイグル自治区のロプノール核実験所周辺では今なお白血病患者が増え、がん患者も多い。放射能の影響から障害児が多く産まれている(「セミバラチンスクとロブノールの話」2019年6月17日参考)。
幸い、広島、長崎以外では核兵器は実戦では使用されていない。ただし、核兵器保有国は臨界前核実験を繰り返し、核兵器の安全と破壊力の向上に秘かに腐心している。核兵器全廃を訴え、ノーベル平和賞を受賞したオバマ前米大統領の時代、ネバダ州の実験場で臨界前核実験が多く実施された。核関連物質の核分裂ではない場合、核実験とは言わないが、オバマ前政権はトランプ現政権より臨界前核実験の回数では圧倒的に多い。また、仏は核搭載可の弾道ミサイル実験を行い、中国は核戦略を拡大し、核兵器を運搬する長距離弾道ミサイルの増強に力を入れてきている。
ところで、米中の対立が激化し、2大国が武力衝突するのではないか、といった懸念が聞かれる。第1次冷戦では核兵器は相手国を威圧する効果があったし、キューバ危機では米ソ両国が当時、核戦争の危機寸前までエスカレートした。
それでは第2次冷戦で核兵器はどのような戦略的ウエイト、役割を果たすだろうか。核保有国の数は9カ国に拡大している。イランも核開発を推進している。核兵器の安全保管は保有国の責任だが、紛争以外でも、核兵器が何らかの事故や不祥事で暴発するといった危険性は完全には排除できない。
コリン・パウエル元米国務長官は、「核兵器はもはや使用できない武器だ」と表明し、核兵器を保有し、製造することに第1次冷戦時代のような価値がないと強調したが、第2次冷戦時代に入った今日、世界の核兵器を取り巻く事情はそうとは言い切れない。
中国共産党政権派の環球時報の編集長・胡錫進氏は先月28日、「中国は比較的短期間に核弾頭の数を1000基水準に増やすことが必要だ」と話し、「米国との戦争を勝利するためには1000個の核弾頭が必要だ」という趣旨の論評を掲載し、大きな反響を呼んだばかりだ。核弾頭の個数で米国より劣る中国はその数を増やせば、対米戦争で有利になるという計算だ。
実際、北朝鮮の金正恩労働党委員長は先月27日、朝鮮戦争休戦日の演説の中で「自衛的核抑止力で安全を永遠に担保できる」と述べ、核兵器の強化で国の安全確保を目指す方針を表明している。中国と北朝鮮は核兵器を博物館入りした古い武器とは見なしていないのだ。
ちなみに、ポンペオ米国務長官がウィーンを訪問予定だという。正式に日程はまだ公表されていないうえ、その訪問目的が発表されていないことからさまざまな憶測が流れている。
ウィーンは第3国連都市であり、核エネルギーの平和利用を推進する国際原子力機関(IAEA)の本部があるとともに、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)の暫定技術委員会事務所がある。ポンペオ国務長官が核関連問題を話し合うためにウィーン入りする可能性が十分考えられるわけだ。
それでは、ポンぺオ国務長官はウィーンで誰と核問題で協議する予定だろうか。通常の場合、ポンぺオ長官はIAEAのグロッシ新事務局長と会見するだろう。ひょっとしたら、CTBTOのゼルボ事務局長もその会議に同席するかもしれない。それだけではない。
例えば、米朝非核化交渉に従事してきた崔ガンイル外務省前北米局副局長(Choe kang il)が先月末、駐オーストリア北朝鮮大使に正式に就任したが、同大使はシンガポールやハノイでの米朝首脳会談にも参加、スウェーデンの米朝実務協議にも同席した外交官だ。ポンぺオ長官と崔大使との非公式の会見が実現する可能性は完全には排除できない。
世界は目下、中国発の新型コロナ感染問題の対策に没頭しているが、広島・長崎両市の被爆追悼の日を境に、核軍縮問題の対応で新たな動きがみられるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。