米軍空母が日本周辺にいなくなる(古森 義久)

顧問・麗澤大学特別教授   古森 義久

日本周辺の西太平洋海域に常駐するアメリカ海軍原子力航空母艦「ロナルド・レーガン」がアフガニスタンからの米軍撤退の安全保障のため中東海域へと移動することになった。このため日本周辺にはアメリカ海軍の空母が1隻もいないという異例の状態が数ヵ月、続くことになる。

USS Ronald Reagan 出典:Wikipedia

バイデン大統領があわただしく発表したアフガニスタンの米軍全面撤退を期限までに安全に完了するための臨時の措置だとされるが、中国への軍事抑止にあたる日本周辺の米軍空母が皆無となる状態は危険だとする声は米軍内部からも起きている。

日本の横須賀基地を母港とし、日本周辺の西太平洋での活動を主要任務とする空母ロナルド・レーガンがこの6月からインド洋北部のアラビア海やペルシャ湾での警戒活動を開始するというバイデン政権の国防総省の方針は元アメリカ海軍准将のマーク・マクガマリー氏らが5月下旬に発表した論文などによって明らかにされた。

同論文はワシントンの安全保障研究の大手シンクタンク「民主主義防衛財団(FDD)」の機関誌に掲載された。その後すぐにCNNテレビも同様にアメリカ海軍が空母ロナルド・レーガンを西太平洋から中東海域へ移動させることを決めたと報道した。アメリカ海軍当局はこの報道を否定しなかった。

ロナルド・レーガンは第40代のアメリカ大統領の功績を記念して名づけられたアメリカ海軍の主力空母で、2003年に初就航した。排水量約10万トン、全長333メートル、乗組員約4500人、艦載航空機数十機という威力を保ち、ミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦などそれぞれ数隻とともに空母打撃群として機能する。

アメリカ海軍が保有する新旧計10隻ほどの航空母艦のなかでもロナルド・レーガンは唯一、アメリカ領土以外の日本の横須賀基地を母港とする空母であり、日本本土や日本周辺の防衛の柱とされてきた。

同空母は2011年3月の東日本大震災での日本の被害を救済するための米軍の「トモダチ作戦」では主力艦となって活動した。

ロナルド・レーガンは2015年10月に横須賀を正式に母港として、入港した。それ以来、中国の軍事膨張で緊迫の続く西太平洋の東シナ海、南シナ海、さらには日本海など日本周辺での防衛行動にあたってきた。

FDDの報道などによると、バイデン政権はロナルド・レーガンをアフガニスタンの米軍全面撤退の作戦を無事に終わらせるため、空と海との防衛を強化する目的で急遽、日本周辺から中東地域のアラビア海、ペルシャ湾などでの作戦行動に送りこむことを決めた。

この決定はバイデン大統領が今年4月14日に発表した「アフガニスタン駐留の米軍部隊を今年9月11日までに全面撤退させる」という方針に沿った措置とされる。現在、アフガニスタンには最大限4000人ほどの米軍将兵が駐留しているが、この将兵全員を2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロの20周年記念日までに引き揚げて、アメリカにとって「歴史上、最も長い戦争を終結させる」というのがバイデン大統領の意図とされる。

9・11同時多発テロはイスラム原理主義のテロ組織アルカーイダにより当時のアフガニスタンを支配していたタリバン政権の支援を得て、実行された。このためアメリカの当時の二代目ジョージ・ブッシュ大統領はタリバンにも宣戦布告して、2001年10月から米軍を投入して、アフガニスタンでの戦争を始めた。

ドナルド・トランプ前大統領もこのアフガニスタン戦争の完全終結を言明して、駐在米軍の全面撤退をも公約としたが、その実行を終えないうちに退陣した。バイデン大統領はその路線を継ぐ形で今回の撤退宣言となったわけだ。

しかしこのアフガニスタン撤退作戦の援護に日本周辺での活動を主任務とする空母群が投入されることには「西太平洋での最大の軍事脅威である中国への抑止に空白が生じ、危険となる」という懸念がすでにバイデン政権の軍部内外で表明されるようになった。

中東ではこれまでアメリカ海軍の別の空母「ドワイト・D・アイゼンハワー」が活動して、アフガニスタンの米軍の直接間接の支援にあたってきた。ところがいざ米軍の撤退というこの時期になって、同空母は修理のために今年7月から作戦海域を離れることが必要になった。その交代にロナルド・レーガンが投入されることになったのだという。

前述のマクガマリー元提督らの見解によると、バイデン政権下では国防支出が抑制され、ロナルド・レーガンに替わって、中東海域にすぐ出動できる空母群がないのだという。その結果、日本周辺の西太平洋海域ではこの6月から9月以降まで合計4ヵ月間にわたって、アメリカ海軍の主要空母がゼロという異例の状態となる。

この展望についてマクガマリー元提督は前記の論文で以下のような懸念を述べていた。

「アフガニスタンの米軍を短期間に全面撤退させるという作戦には当然、海と空からの擁護が欠かせず、中東での空母の存在が必要となるが、そのための空母を西太平洋から動かし、その結果、西太平洋に空母が不在となることは危険だ」

「西太平洋に空母が皆無という状態はアメリカの地域的な海上戦力の低下となり、南シナ海、東シナ海、台湾海峡などでの中国の軍事脅威への抑止力の減少となり、中国を利することになる」

「バイデン政権のアフガニスタンからの米軍全面撤退は本来、中国への米軍全体の抑止態勢の強化という戦略意図を持つのだろうが、皮肉にも先を急ぐ撤退計画と空母の移動で西太平洋に空白が生まれ、対中抑止態勢が弱まることとなる」

以上のようにこの空母の移動と不在は日本の安全保障にとっても大きなインパクトを持ちうる米軍の動きだといえよう。日本国内で話題となってもよいバイデン政権の新作戦でもあるのだ。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年6月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。