12日から4回目の緊急事態宣言が始まるが、西村康稔経済再生担当相(コロナ担当)は、酒の提供禁止の要請を守らない飲食店には「金融機関からも働きかけを行っていただきたい」と銀行の融資制限を求めた。これは批判を浴びて撤回したが、飲食店に酒の納入を禁止する「事務連絡」は予定通り出された。
国税庁酒税課から出されている文書を添付します。いろいろ条文が出てきますが、いくら読んでも、この取引停止依頼そのものの法的根拠はありません。お酒の販売をしている事業者だって大変な苦境に陥っています。飲食店のみならず、彼らを苦しめる「事務連絡」でもあります。撤回を求めます。 pic.twitter.com/oWwpvRNeBq
— 玉木雄一郎(国民民主党代表) (@tamakiyuichiro) July 9, 2021
西村氏は「法にもとづく要請だ」と強調し、事務連絡にも「新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条第2項に基づき休業要請が行われる」と書かれているが、特措法45条はこう定めている。
特定都道府県知事は、学校、社会福祉施設、興行場その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
この「政令で定める多数の者が利用する施設」に飲食店は含まれる(特措法施行令11条)が、酒屋は含まれない。したがって都道府県知事は、飲食店には営業停止を要請できるが、酒屋にはできないのだ。ところがこの事務連絡の2ページには、こう書かれている。
飲食店が同要請等に応じていないことを把握した場合には、新型コロナウイルス感染症の拡大防止の徹底を図る観点から、そうした行為を助長しないよう、都道府県が要請を行っている期間中、当該飲食店と酒類の取引を停止するようお願いします。
国税庁が、特措法の対象になっていない酒屋に「酒類の取引を停止」することを要請しているのは、明らかに違法な行政指導である。罰金(過料)を課す権限があるのは都道府県知事だけなので、酒屋がそれを代行するのも違法である。
この事務連絡に強制力はないが、国税庁は酒類免許の許認可権をもっているので、酒屋は抵抗できない。その最後には「地方創生臨時交付金を活用した酒類販売事業者に対する支援について」という項目があり、さりげなく「指導に従う酒屋には補助金を出す」と示唆している。役所はアメもムチも持っているのだ。
官僚はこの行政指導の違法性を知っていたはずだ
この問題は深刻である。国税庁の官僚は、酒屋が特措法の対象になっていないことぐらい知っているはずだ。官僚はこういう手続き的な違法性には敏感なので「大臣、特措法では酒屋には要請できません」といった人がいるはずだが、西村氏はそれを押し切って事務連絡を出させたのだろう。
金融機関に対する「働きかけ」の要請は撤回されたが、これも金融庁が7月9日の夕方に事務連絡を出す予定だったというから、同じ論理構成になっていたはずだ。金融機関も特措法の対象になっていないので違法である。
この背景には、蔓延防止措置を守らないで酒を出す飲食店が増え、業界から「要請を守らない店を取り締まれ」という陳情が増えている事情がある。西村氏もそれを強調していたが、要請を守らない店が増えているのは、要請が不合理だからである。
まず飲食店の営業制限を考え直し、必要なら法改正するのが法治国家である。現行法で取り締まれないからといって、銀行や酒屋に行政のスパイをさせるのは本末転倒である。
西村氏はパワハラで有名なので、官僚も抵抗できないのだろう。こうなると職権濫用の歯止めになっていた手続き論も無視し、緊急事態宣言の恣意的な運用が拡大するおそれが強い。菅首相は国税庁の事務連絡を撤回し、西村大臣を更迭すべきだ。