「ちくわ天」で収益回復を図るJR東日本

関谷 信之

JR東日本が、サブスクリプションサービス「JREパスポート」を開始しました(※1)。

その一つ、「きらくトッピングプラン」は月額1000円。立ち食いそば店「きらく」で、ちくわ天などのトッピングが1日1回無料になる、というもの。現在、上野、秋葉原、八王子の3店舗が対象です。

きらく「ちくわ天そば」

これは、JR東日本が掲げる、収益力向上プラン「Beyond Stations構想」の施策の一つです。「Beyond Stations」というネーミングからは想像しづらい、なんとも生活感あふれる施策が出てきたものです。

きらくトッピングプランは、

1か月 最大3,030円お得!(31日間ちくわ天を利用する場合を想定)

Beyond Stations構想 新たなサービスが始動! ~通勤移動を豊かにします  – CITY UP!

とのこと。毎日「ちくわ天」を食べるというのも、なかなか苦しそうです。

はたして、JR東日本は「ちくわ天」で収益を回復できるのか。考察したいと思います。

成功はかなり難しい

結論から言うと、この「きらくトッピングプラン」の成功は、かなり難しいでしょう。顧客が、簡単に損得勘定できてしまうからです。

価格は、月1000円。1日1回無料になるのは、かき揚げ、ちくわ天、コロッケ、たぬき、きつね、の5品目のみ。

品揃えが「貧弱」です。そのため、

(130円の「ちくわ天」を月に10回以上食べれば、元が取れる…)

と、「簡単に」損得勘定でき、「お得感」が感じられません。

サブスクリプションには

「経済合理性(=損得勘定)が容易に算出できると、事業がなりたたなくなる」

という鉄則があります。元を取れない顧客が、すぐに解約してしまうからです。

9月末まで実証実験、とのことですが、実行段階で大きく改善する必要があります。

小田急の「EMotパスポート」とは

改善には、先行する「EMotパスポート」(※2)が参考になります。

「EMotパスポート」とは、小田急電鉄が2021年3月から提供している、飲食店のサブスクリプションサービスです。

価格は、月9500円。月「90回」、そば(トッピング付き)や、おむすび(2つ)、パン+コーヒー、生ビール(ロマンスカーカフェ)などが無料になります。

対象店舗は、「箱根そば」や、おむすび店「おだむすび」、手作りパン専門店「HOKUO」など約40店舗。小田急百貨店地下の食料品や、フラワーギフトも含まれます。5月末には、箱根湯本の「箱根カフェ」や、ロマンスカーカフェが追加されるなど、範囲も拡大中。

品揃えが非常に「豊富」なのです。

これだけ豊富だと「損得勘定」しにくい。「お得感」を感じる。結果、加入者の増加につながります。

「朝昼、箱根そば、3時におにぎり、夜はパン、明けでおにぎり、昼に天丼、帰りにお花」
「コスパ最高!」
「もうこれだけで食事困らん」

などとツイッターに投稿され、評判は上々。顧客満足度の高さがうかがえます。

制度設計も丁寧です。特筆すべきは、

「パスポートの新規購入(加入)は、毎月先着100名限定」

と、新規加入を抑制していることです。これが、プレミアム感を醸し出しています。

EMot公式Twitterより

(早く申し込まなきゃ!)(辞めたら、もう入れないかも)

などと、新規加入の抑制が、逆に加入者を増加させ、「解約」を躊躇させる要因となっています。

実行段階に向けて

では、きらくトッピングプランはどのように改善すべきでしょうか。

JREパスポートは、きらくトッピングプランの他に「ベックスコーヒープラン」「ベックスマイボトルプラン」があります。

○ベックスコーヒープラン  【2,500円/月】
・ご来店毎にアイスコーヒー or ブレンドコーヒー(Mサイズ・通常300円/杯)を無料で提供(1日3回まで)

○ベックスマイボトルプラン 【1,500円/月】
・マイボトル(何でも可)をお持ちのお客さまを対象に、ご来店毎にアイスコーヒー or ブレンドコーヒー(Mサイズ相当・通常250円/杯)を無料で提供(1日3回まで)

Beyond Stations構想 新たなサービスが始動!- CITY UP!

これらと統合した、そばとコーヒー両方利用できるプランを作り、「品揃え」を拡充すること。これが、改善案になります。

また、77店舗ある「きらく」、68店舗ある「ベックスコーヒー」全体へ、サービス提供範囲を広げる。傘下にある「あじさい」「そばいち」など立ち食いそば店や、ベーカリーやレストラン・カフェなども対象に含める。JR東日本の強みである、広範なエリアと多様な店舗を活用すれば、「お得感」も高まるのではないでしょうか。

 

暮らしのプラットフォームとなり得るか

この「JREパスポート」の狙いは、客単価の向上と、既存の定期券利用客の囲い込みです。

具体的には、定期券利用客減少に伴う売上減を補うため、客単価を向上させること。そして、付随サービスの充実により、定期券の利用継続を促すことです。

JR東日本の21年3月期決算は、5779億円の赤字。過去最大でした。収益力向上策として4月30日に発表されたのが「Beyond Stations構想」です。構想では、

“駅を、つながる「暮らしのプラットフォーム」へ転換する”

としています。

転換プランの一環として選ばれた「立ち食いそば」。暮らしのプラットフォームとして定着するかどうかは、今後のプラン拡充次第なのではないでしょうか。

【参考・補足】
※1
JR東日本、サービスをサブスクリプション方式で利用できる「JREパスポート」を開始|日本経済新聞

※2
EMotパスポート
EMotパスポート | EMot