顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
米中両国の対立が激しくなるなかで、中国の長距離核ミサイルを発射できる弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)の存在がアメリカ側の官民の真剣な監視の対象となってきた。
中国軍各部隊のうち海洋からの長距離核ミサイルが可能の唯一の艦艇だとされるこの094型(中国側名称・晋級)潜水艦はつい最近、南シナ海などでの航行を終えて、海南島の基地に帰投するところをアメリカ側の偵察衛星によりそのイメージを捕捉された。
その結果、アメリカ側での中国軍の核戦力増強への警戒を一段と高める契機となった。
ワシントンの民間の有力研究機関「戦略国際問題研究所(CSIS)」は8月4日、中国南部の海南島の人民解放軍海軍の楡林基地に094型原潜(SSBN)1隻が帰投する光景を人工衛星の偵察で映した映像を公表した。
CSISの発表によると、この帰投の映像は7月8日の撮影で、さらに7月15日にはこの原潜が同型のもう1隻の094型とともに楡林基地の埠頭に停泊している光景が撮影された。
同基地には4つの埠頭があり、094型がそれぞれ1つの埠頭に、さらに他の二つの埠頭には093型(SSN中国名称・商級)攻撃型原潜が1隻ずつ停泊していたという。
CSISでは中国海軍のこの094型原潜についてアメリカ側ではとくに警戒の必要があるとして、国防総省の情報などを基礎に以下の諸点を強調していた。
- 094型原潜は現在は中国人民解放軍でも海洋からの核ミサイル発射が可能の唯一の艦艇であり、中国側は今後その増強を図ろうとしている。
- 中国の核戦力はこれまで陸海空からのそれぞれ発射可能なアメリカやロシアとは異なり、地上発射だけに依存してきたが、今後は海洋発射をも目指している。
- 中国海軍は2000年ごろから合計094型4隻、改造された094A型2隻を建造してきた。最新の094型推進式は2021年4月で、習近平主席もその式に出席した。
- 094型はそれぞれ核ミサイル発射基JL2(巨浪Ⅱ)12を装備し、核弾頭を最大射程9000キロまで発射できる。
- 南シナ海からだと巨浪ミサイルはアメリカ本土に届かないが、グアム島やハワイやアラスカは射程に入る。
- 中国軍は094型に次ぐ096型潜水艦をいま開発中で、数年後に完成すれば、核ミサイルの射程は1万キロを越え、アメリカ本土を直撃できる。
- ただし現在の094型はアメリカの原潜にくらべれば、潜水での航行時のエンジン音などがずっと大きく、容易に探知されるという弱点がある。
CSISの以上のような中国の核ミサイル発射潜水艦の登場への警告はアメリカ側官民に広がる中国の核戦力増強への懸念をも体現していた。
バイデン政権の国務省報道官は7月の定例記者会見で「アメリカ政府は中国の急速な核戦力の増強に懸念を抱いており、中国政府が不安定な軍拡競争のリスクを減らすために実利的な交渉にのぞむことを期待する」と語ったばかりだった。
またアメリカの民間では前述のCSISが6月に「2021年の中国の戦略と軍事部隊」という研究報告書を発表して、中国軍の核戦力全般に及ぶ増強への警告を出していた。
そのうえに7月中旬には中国の軍事評論集団が日本への核攻撃を描く動画を公表し、アメリカの専門家筋でも話題を集め、非難をも浴びた。この約6分の動画は明らかに中国政府の黙認を得て作成、公表された。
その内容は日本がもし中国軍の台湾武力攻撃による台湾有事が起きて、参戦した場合には中国側は即時に日本の核攻撃を加えるという趣旨だった。
この動画はアメリカ側での反応が広がり始めると中国当局が一般向けのサイトからは削除したが、戦略核ミサイル部隊が駐屯する陝西省の共産党委員会のサイトにはそのまま掲載された。中国政府の日本への核攻撃の恫喝といえる動きだった。
この動きに対して、アメリカ側では中国当局が長年、掲げてきた「核先制不使用」政策(核兵器は戦争でも相手が使った場合にしか使用せず、非核国にも使用しないという政策)への不信感が表明されるようにもなった。
そんな状況での中国の潜水艦による核ミサイル発射能力を誇示するような動きにアメリカ側の警鐘が改めて鳴らされたことには、それなりの理由があった、ともいえよう。
日本では8月上旬は広島、長崎への原爆被害を記念する式典が催され、核兵器自体への反対が繰り返し表明される。この世界からすべての核兵器をなくせ、という声があがる。こうした反核の声はまず日本への敵意を示す中国や北朝鮮の核兵器に対してこそ向けられるべきである。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。