高市早苗氏にバランス感覚はあるのか?

自民党復活

17日に公示された自民党総裁選挙は党内外を超えた盛り上がりを見せている。さらに、テレビやネット番組では連日のように多様な主義主張を持つ候補者同士が政策論争に挑んでいる。それが全国規模で繰り広げられる有様はさすが国民政党である自民党の強さを痛感させられる。

総裁選が盛り上がるにつれて、菅政権のコロナ対応で停滞していた自民党の支持率は回復のきざしを見せるようになった。産経新聞・FNNが18,19日に実施した世論調査によると自民党の支持率は先月と比べて10ポイントも改善した。一方、野党の支持率は軒並み10パーセントも満たない水準で推移している。一時は70議席減も指摘されていた自民党だが、このままいくと、自民党は現状維持どころか、圧勝した上で与党として延命できる可能性も全然あり得てきた。

そして、そのように自民党に対して追い風が吹き始める中、筆者が気になるのが高市早苗氏の急伸長である。

高市早苗氏 twitterより

 現実味を帯びてきた高市首相

最初に高市氏が総裁選の意欲を見せ始めたとき、現実的に総裁の座を狙える候補だとは思われてはいなかった。その段階ではまだ菅首相が再選されることが濃厚であった。また、彼女と思想信条が近く、党内最大派閥の細田派の実質的なオーナーである安倍前首相は菅支持を言明しており、確実に推薦人があつまる保証がなかった。

しかし、岸田元政調会長が出馬会見で二階幹事長交代を示唆したことが転機となった。それに対抗して焦った菅首相は先手を打って人事刷新、解散権を行使することで自民党内の政局を制しようとした。だが、不人気な首相の延命措置に付き合いきれないと感じた派閥の領袖らによって人事権と解散権という総裁、総理としての特権が封じ込まれ、総裁選不出馬に追い込まれた。それによって、高市氏は菅支持に固執する必要がなくなった安倍首相、党内の保守的な議員たちのバックアップを全面的に受けることが可能になった。

そして、自民党内のバックアップが結果的に功を奏している。現時点において高市氏は議員票では岸田氏、河野氏に次いで三位であり、態度を明らかにしていない議員の動向次第では二位に上がる可能性もある。さらに、正式に出馬する前は数%台であった党員支持率も、保守系メデイアへの出演、討論会での保守的な発言などが影響したのか、党員人気は急速に伸び、最新の調査では岸田氏の支持率に肉薄している。このままの勢いで自民党内で支持率が伸びれば、決選投票まで残り、初の女性首相の座を射止めることも夢物語ではなくなってきた。

しかしながら、高市首相が現実的になり始めたことをきっかけに、筆者はひとつの懸念を覚える。それは彼女の保守的な政治信条が日米関係を損ねることで日本の安全保障を脅かすのではないかという懸念である。

歴史認識が日米関係を揺るがす?

保守政治家としての彼女の一貫性に疑問を呈する識者もいるが、彼女の最近の主張を聞く限りでは保守政治家そのものである。夫婦別姓は反対。沖縄への中距離ミサイルの導入に賛成旧皇族の復帰に賛成。9条を含めた憲法の改正に賛成。もし、仮に保守政治家のリトマス紙が存在するのなら、彼女は典型的な保守として検出されるであろう。

しかし、彼女の数々の保守的な主張の中で特に筆者が警戒しているのが、靖国参拝への前向きな発言である。靖国神社は旧日本軍の戦争犯罪が裁かれた東京裁判で起訴、死刑に処せられたいわゆるA級戦犯が合祀されている。そのことから、そのような神社に首相が参拝することが暗に日本の戦時中の行いを肯定しているように映るとして特に中国、韓国が抗議の声を挙げ、時には外交問題にまで発展してきた。

だが、日本にとって厄介なのは、中韓に加えて最大の同盟国であるアメリカも日本国首相の靖国参拝に難色を示していることである。特にアメリカ議会は日本が靖国参拝を含めた戦前回帰のように見える言動を戒めるように働きかけてきた。2007年に安倍政権が旧日本軍が慰安婦の強制連行に関わってなかったという答弁を閣議決定した後、米議会は安倍政権を批判し、日本に慰安婦への謝罪をもとめる議会決議を可決している。また、米議会だけではなく、2013年に安倍前首相が靖国参拝した際に米政府は「失望した」という声明を発表している。

上記のようなアメリカからの批判が出るたびに、日米関係に溝ができ、あわや漂流するのではという危機感が浮上してきた。そのため、高市新首相が強硬的に靖国を参拝すれば、アメリカからの反発を招き、過去の例と同様に日米関係を揺るがすことが十分に考えられる。

米中対立の渦中で生き抜くために

高市氏はアメリカが参拝に反対することに理解できないとし、日米関係が傷ついたとしても靖国に向かうことを示唆している。しかし、高市氏に理解してもらいたいのは現時点で日米関係を損ねることに何のメリットがあるかということである。

仮に彼女の参拝によって日米関係にすき間風が吹き、安保面での連携に空白が生じてしまえば、それを好機と見た中国が台湾、尖閣に攻勢をしかけるかもしれない。中国の脅威が深刻化する現在において日米関係の安定は必須なのである。それゆえ、高市氏が首相に就くことがあれば自身の主義主張は片隅に置き、日本の国益に基づいたバランス感覚が備わった外交を行うことを期待したい。